第三百五十三夜『頼まれた文章-ghostright-』

2023/06/02「夜」「いけにえ」「意図的な物語」ジャンルは「偏愛モノ」


 ある作家が机の前で作業をしていた。その作家は学生時代からノートやキーボードにかじり付いてくらしており、筆の速さが自慢じまんだった。

 アイディアはある、やる気もある、仕事環境だって悪くない、体力作りは日課のランニングのおかげでたっぷりだ。故に、ハキハキと机に向って能率良く作業をしている。

「珍しくやる気満々ですね、先生。明日はきっと土砂降りに違いない」

 この様子を見た作家の同居人は心底おどろいた様な口調で釘を刺す、これに対して作家は気分を害したような態度を示した。

「おいおいおい、君は一体何を言っているんだ? ボクは何時いつだってバリバリの能率で作業に当たっているぜ?」

 これを聞いた作家の同居人は、コイツは一体何を言っているのだろうか? と言う様な顔で眉間みけんしわを寄せた。

「しかし先生が積極的に作業をしているのって、本当にめずしいですよ。一体どう言う風の吹き回しですか?」

 作家の同居人の言葉に、作家の男は歯を見せて声無く微笑ほほえみ、作業をしながら顔を同居人の方へと向けた。

「うむ、これは話しておいた方がボクの為に良いかもな。君の様な素人しろうとの門外漢にも理解出来る様に説明するのは、説明する側にとっても有益だからな」

 作家の男はそう言うと座ったまま小さくふんぞり返る様な仕草をした。

「まずは大前提だが、ボクは度々小説をオーダーメイドしている」

「オーダーメイド……ですか?」

 同居人が意外そうな表情をしてオウム返しに聞き返す。

「ああ、オーダーメイドだ。ボクは会議も無しに、こう言った内容の小説を書いてくれと頼まれる事が度々ある。金銭の授受が発生する場合は完成した小説を相手方に送るし、そうでないならドレソレと言う書籍しょせきに収録されるから三冊買っておけと連絡れんらくする」

「続けて下さい」

 作家の男が少々不可解な事を言ったが、聞き流す様な態度たいどで対応した。

「それで今回の件なんだが、実はなかばオーダーメイドで半ばオーダーメイドじゃない」

「半ばオーダーメイドで半ばオーダーメイドじゃない……ですか?」

 作家の男は、同居人が話しに食いついた態度を示した事にほくそ笑み、話を続けた。

「ああ、半ばオーダーメイドだ。ボクが街やネットで面白そうな奴を見かけたら、観察をしたりインタビューを試みたり探偵たんていやとい、それを元に小説を書いて完成次第ソイツに送りつける」

「何というか、その……それは絶対にオーダーメイドではないと思います」

 作家の同居人は絶句するかしないか迷ってから、しぼり出す様な声で言った。

「そうは言ってもね、ボクはすでにこのやり方で数十篇すうじゅっぺん書いているんだ。確立された手法として喧伝けんでん……いや、伝承されるべきだと思うね」

 作家の同居人は今度は絶句する事を選んだ。

「何だよ、文句がありそうな顔をしてくれるな? 勿論もちろんボクだって相手は選んでやっているさ。何せボクがこの手法を試みる人は何故だか知らないが、大半が失踪しっそうとか投獄とうごくとかをしてしまって連絡が付かなくなっているんだ」

 作家の同居人はもくしたまま天をあおいだが、作家の男は全く気にも留めずに続ける。

「ボクは努力をしたが、連絡する事は不可能ないし困難こんなんになってしまった故に通達できませんでした! で水に流してもらえるって寸法さ。仮に彼女ないし彼がプライバシー侵害で訴えて来ても、大分昔の話だから気づかない事も多いし、そもそも表現の自由がプライバシー侵害にあたるのは個人の特定が客観的に可能な場合だけ、ボクはそんな露骨な事はしないさ」

「えっと、ところでその人が捕まったり行方不明にならなかった場合はどうするんですか?」

 作家の同居人は複雑な表情をしながら尋ねた。作家の男はたのしそうな笑顔を崩さないまま答える。

「勿論送りつけたよ。この間は剽窃ひょうせつ常習犯じょうしゅうはんを見つけたから経歴や読んでいると思われる書籍を洗って、出来心の犯罪者の醜聞しゅうぶんと没落を描いた掌握しょうあく短編たんぺんにして当人の各種連絡先に送ってやった」

「それ、どうなったんですか?」

 その言葉を待っていた! 作家の男は目でそう語りながら、増々破顔しつつ語る。

「ああ! やっこさん、使っているアカウントと言う全てのアカウントからとめどなくボクの連絡が来る上に、ボクの方も各種ゲームやソ-シャルネットサービスのアカウントで自作の掌握短編を喧伝けんでんしてやったからね! 今のアカウントを消して別のアカウントを作ったのを突き止めてやって、もう一度同じ事をしてやったら結局失踪したよ」

「え、えーと……先生はモデル? になった方々から怒られたり、書いたり発表する事を止める様懇願こんがんされた事とかは?」

 すると呵々大笑かかたいしょう然としていた作家の男の顔から笑いが消え、真顔になった。

「実はね、今まさにボクはその状況にある」

「え? 遂に正義が成されたんですか?」

「何が正義だ、ボクが正義に決まっているだろう! さっきは言いそびれたが、連絡が付かなくなったり失踪してしまう観察対象ってのは、つまり死者も居るって事だ……いや何、別に醜聞に苦しみ果てた末に自殺を選んだとかって訳じゃあない。今回はただの病死だ」

「続けて下さい」

 作家の同居人はと言う表現に不穏な物を覚えつつも、続きを聞きたくてうながす様に言った。

「実はね、夜眠っていたら枕元まくらもとに病死したと聞く奴さんが現れたんだ。『自分の事は例え脚色が有ったとしても、小説に書かないでくれ』ってね」

「それってつまり、幽霊ゆうれいですか?」

「ああ、幽霊だ。笑えるよな、もしも書いて世に出したらボクをたたる積もりなのか? 死者の不興を買って祟りにあった作家が、一体何をするか分かっているのか? その理屈りくつなら、世に心霊スポットの体験談なんて物は存在したらマズいから関係者は鏖殺おうさつになっていないといけないんじゃあないのか?」

 作家の男は愉快そうな口調でそう語ったが、その目は笑っていないし座っている。使命感を帯びていると言うのが適確な表現か。

「死んだ人に頼まれてもやめないって、先生には人の心とかヒューマニズムは無いんですかね?」

 いよいよ頭を抱えた同居人に、作家の男はにんまりとほくそ笑んで答えた。

「とんでもない、ボクは人間だよ。こんな事は出来るのは人間だけさ」

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