第三百五十夜『お怪獣様-ZIP YOU-』

2023/05/30「西」「観覧車」「憂鬱な剣」ジャンルは「サイコミステリー」


 のどかな田園地帯での出来事であった。春は桜が咲きほこり、夏は虫やカエルが賑やかに鳴き、秋には稲は実って頭を垂れ、年末には近隣の住民が年末詣ねんまつもうでに来るようなお寺がある、そんなゆるやかながらも張りがある地域だ。

「ちょっと! 近所に住んでると、毎年毎年花びらが舞い散って掃除が大変なのよ! なんとかしなさい!」

 そう叫びながら小学校に乗り込んで来たのは、ヒステリックなおばさん。自分で言う様に近隣きんりんの住民だ。

 ヒステリックなおばさんは「桜の樹を切れ!」だの「子供がうるさい! 最近の教育はどうなっているんだ?」だの「初等教育は義務教育なのだから、給食費を取るのはおかしい!」と、まるで騒音公害か怪獣かいじゅうの様に大音声でまくし立てる。

 こう言う手合いに正論は意味が無い、いや、こう言う手合いに正論は逆効果である。仮に正論で反論したら、必ずや彼女は「私が間違っていると言うの!?」とヒステリックさに更なるみがきをかけて、怪獣から大怪獣か何かに昇華を遂げてしまうであろう。

 もうこうなると、学校としてはなあなあで済ませるしかない。お怪獣様、どうかお心をお鎮めお引き取り下さい。と言った様子である。

 その様にうつむいて消極的な様子をするばかりの学校の人間に、お怪獣様は気を良くして好きなだけ罵声ばせいを浴びせ、ようやくお帰り下さった。

 しかし、この話はまだ序の口に過ぎないのであった。


 春の暖かなある日、生徒達が学校に登校すると桜の樹が無くなっていた。例のお怪獣様が毎日抗議こうぎに来るため、遂に学校側が折れてしまったのだ。

 これには学校に通う子供達も残念がり、結果として毎日学校に上がり込んで来ていたお怪獣様はローカルな伝承として学校に残る事になった。

 何せ子供と言うのは変質者が好きなのである。そうでなければ誘拐犯ゆうかいはんさらわれる子供が後を絶たない理由にならない。即ち、お怪獣様は名実共に変質者と言う事になる。証明終了。


 しかし、お怪獣様の破壊活動はそれだけでは終わらなかった。

 夏になるとお怪獣様は近隣の農家の家に乗り込んだ。いわく、夜になると田んぼのカエルが鳴くのがうるさく眠れないとのことだ。

 お怪獣様に家に乗り込まれてしまった農家の方もビックリである。何せカエルがうるさいなんてクレームを入れられるのは初めてだったし、カエルがうるさいと言われても、カエルは農家の方の財産でなければ、意図的に鳴らしている訳でも無い。

 しかしお怪獣様にその様な理屈りくつは通用しない。何せお怪獣様は怪獣で変質者でクレーマーなのだ、この三者の共通点は言葉が通用しない事であり、お怪獣様には言葉が通用する訳が無い。言葉が通用しないの三乗である。

「これ以上変な事を言うなら、警察けいさつを呼びますよ!」

 しかし警察ごときで止まるお怪獣様ではない。何せお怪獣様は怪獣なのだから警察を恐れる訳が無いのだ、警察を呼ぶと言う言葉を聞いてヒートアップしてしまった。

 それからは農家の方にとって、それまで以上の恐ろしい毎日が続いた。毎日お怪獣様がお宅訪問にやって来るし、留守だろうが寝入っていようが嫌がらせにやって来る。その都度毎回警察を呼んでも、嫌がらせが毎日行なわれる事には変わりが無し、遂に農家の方は心労で倒れてしまった。

 しかし、この話もこれで終わりではない。


 駅の近くに遊園地を建てる運びとなり、着工された。完成したあかつきにはライトアップされた美麗な大型観覧車が一帯のランドマークとなる、一大プロジェクトだと言う話だ。

 住民たちはこの青写真に胸を躍らせていたが、お怪獣様はこれに対して渋い顔をしていた。

「工事反対! 騒音反対! 環境破壊反対! テクノロジー崇拝すうはい! 経済的侵略者!」

 そうプラカードをかかげ、工事現場の前で日がな一日わめき続ける。しかし今回の相手は柳腰の学校でも、気の弱い個人でもない。工事現場の人間達は平気の平左で工事を続けた。

 しかし工事現場では不思議な事が度々起きた。ある日は備品がなくなり、ある日は建設機械のタンクのそば砂糖さとうの空き容器が捨てられており、またある日は建設機械のナットがゆるんでいる事すらあった。

 明らかに、工事現場に何者が侵入している。そして、いたずらで済む様な内容ではない。仕方が無しに、工事現場は工事を一時中断する事になった。これが事故が起きる前で良かったものの、建設途中の鉄骨が外れたりしたならば、大問題でしかない。

 工事は警備を強化してから再開する事になり、しばらくの間工事の音は聞こえなくなった。その様子を見て、お怪獣様は笑みを浮かべながらガッツポーズをした。

 最早脅迫きょうはくも不法侵入も器物損壊もこなしており、やっていない犯罪は殺人だけと言っても過言では無いだろう。

 しかし、この話はもまだ起承転結で言う承に過ぎない。


 お怪獣様を止める者など、誰も居ない。今度は除夜の鐘がうるさいと、近所のお寺にクレームを入れ始めた。

 これにはお寺の住職さんも驚くやら、悲しそうな顔をするやら。何せお釈迦しゃかさまはこの世のうれいを打ち払うために仏教をおこしたのである、決してクレーマーと徹底的てっていてきに法廷で剣を交える訳では無いし、増してや鐘がうるさいと文句を言われる為でも無い。

 結果、お怪獣様の言い分に住職さんは折れてしまい、その年から除夜の鐘はこの地帯にひびく事は無くなった。


 最早警察もお釈迦様もおそれぬお怪獣様だが、新たな敵を見定めた。

 お怪獣様の家から少々離れた場所にある教会なのだが、日曜日になると歌を歌ったり祈りを捧げたりする声が聞こえる。これだけならまだ微笑ほほえましいし、普通の事だ。しかしこれがお怪獣様の気に喰わなかった。

 お怪獣様はあまり信仰にあつい方では無く、要するに神も仏も知らない身であり、教会に対してミサだか礼拝だかの行事がうるさい! と、そう叫んで乗り込んだ。

 ところでこの教会だが、あちこちに十字架がかざってあるもののキリストの姿はどこにも無い。別にそれは宗派によっては普通の事だし、全ての教会が十字架にキリストの意匠いしょうほどこしている訳では無い。ただ、この教会には、どこにもキリストとは一言も書いてはいなかった。

 時に、十字架とは本来キリスト教のシンボルではない。本来、十字架とは『死』『国家反逆者』『さらし刑』『死罪』を意味する刑罰のシンボルである。


 ある場所にのどかな田園地帯があった。春は桜が咲きほこり、夏は虫やカエルが賑やかに鳴き、秋には稲は実って頭を垂れ、年末には近隣の住民が年末詣ねんまつもうでに来るようなお寺があり、地域の隅の方には何をまつっているかも分からぬ新興宗教の教会がある、そんなゆるやかながらも張りがある地域だ。

 この地域ではやんちゃな子供が叫び声を挙げて遊んだりするが、これをたしなめる者こそ居ても、目くじらを立てる者は居ない。そんなおおらかな土地だった。

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