第三百四十九夜『落第点-dead or alive-』

2023/05/29「夜」「氷山」「残念な才能」ジャンルは「純愛モノ」


 夜、がけの上から、身の丈程もある農具を手に持った農業従事者風の青年が崖の下をのぞき込んでいた。

 別に自殺を考えていた訳ではない。彼は仕事で失敗し、仕事が百点満点中の五十点しか取れずに落ち込んでいるのだ。

「ああ居た居た。いきなり消えて、一体どうしたのですか?」

 そう言いながら農民風の青年のそばへ歩み寄って来たのは、チョコレートの様な肌色はだいろほお口唇こうしんが健康的でセクシーな色濃く黒い長髪をした女性だった。

「ええ先輩、俺また仕事でトチってしまって……」

 そう言い訳がましい口調で言う農民風の青年。彼が百点中で五十点ならば、この肉感的な女性は毎回百点近くと言ったところ。彼は何をやっても半分しか遂行すいこう出来ず、及第点には遠く及ばない。

「あーこの間は相手方を冷凍庫に閉じ込めてしまい、仮死状態にさせちゃったのでしたっけ? すごいですねー、人間ってあんな状態でも生きているんだとおどろいてしまいました! 昔、氷山地帯で遭難そうなんした人が冷凍状態で生きていたって映画を観た事ありますが、アレを想起してしまいました!」

 肉感的な女性はそう、相手を責めるでもなく面白そうに言った。無論、彼女らの仕事でも人間を冷凍庫に入れて半死半生の状態に至らしめるなんて事は、言うまでも無く常識で考えてあり得ない事だ。

「笑い事じゃないです、先輩」

 農民風の青年は、心底落ち込んだ様子で言う。彼としては先輩との会話で気が軽くなりかけてはいるのだが、彼は自分自身のその状態が許せなかったのだ。

「いやね、あなたは立派に頑張がんばっていると思います。ただちょっと、もう一皮ければ花開くと言いますか……ええと、ホラ! その前の交通事故は奇蹟的きせきてきだったじゃないでしょうか?」

「その話はやめてください、俺は本気で落ち込んでいるんですから」

「いや、でもあれは仕方が無い不可抗力ふかこうりょくとしか言いようがありません! だってホラ、あなたのせいで相手方が車にかれそうになったのはそうだけど、犬にえられて驚いて跳びのいたら相手方がよろめき、その結果全く関係無いトラックに、車輪間にはさまる形で九死に一生だなんて……あんなバタフライエフェクト染みたヒトコロスイッチ、誰も予想出来ないし、あなたに瑕疵かしはありません!」

 肉感的な女性は再び、農民風の青年をバカにするでもなくかばう形で彼の失態しったいをほじくり返す。肝心の青年の方はフォロー自体は嬉しいが、もうほとほと嫌な気分になり切っていると言った様相だ。

「いや、本当に勘弁してください。あの時の相手方、すっごく痛がっててりむいた傷口が忘れられないんですよ……」

「まあまあ、そう言ってはいけません。過去や失敗から学ばない者に成長はあり得ないのです! ところで、今日はどんな失敗をしたのですか?」

 肉感的な女性にそう言われ、農民風の青年は崖の下を指差した。そこには右手が千切れ、腹部が半分消し飛び、左足がもがれ、頭部に刃が刺さったかの様に切れ目が入り、右目が真っ二つになった男が岩場に倒れていた。

「なんだ、やれば出来るじゃないですか!」

 肉感的な女性は顔を明るくし、農民風の青年の方を見て言った。しかし青年の顔色はかんばしくない。

「いや、あれ生きてます」

「え? 生きているのですか? アレで?」

「はい、生きてます」

 全身黒い衣服に身を包んだ肉感的な女性は、身の丈程もあるかまを手に持った同僚の青年に向い、信じられないものを見た様な顔で言った。『そんなんだからお前は百点満点中で五十点しか取れないんだよ!』と、そう言いたそうな顔をしながら、崖の下の半死半生の男と鎌を持った同僚どうりょうとを交互に見ながらもくしていた。

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