第三百四十六夜『完璧で究極の金太郎-modernization-』

2023/05/26「現世」「観覧車」「おかしな存在」ジャンルは「スイーツ(笑)」


 神奈川県の某所、抗議こうぎが目的の投書が遊園地の観覧車に張り付けてあった。

 投書の内容は以下の通りである。


 この度市がデザインした金太郎のポスターであるが、これが不適切である。

 足柄山あしがらやまの金太郎と言えばアニメや絵本で子供が目にする身近な存在で、今日こんにちでは子供も親があやす道具として携帯式の端末たんまつから童話を観たりする事が多くなり、童話の内容が子供に影響を与えるウェートは更に上がっていると言える。

 しかし市の新しいポスター、これはただただひどい。金太郎とクマがデザインされているのは良い、しかし金太郎がクマに乗っているにも関わらずヘルメットも無しとはどの様な了見りょうけんだろうか? 現代人がデザインしたポスターならば、例えクマだろうが乗り物に乗る際はヘルメットを着けるべきだろう。


 なるほど、この投書をバカバカしいと投げうつのは簡単だ。しかしこの投書の内容自体は別段おかしい事を言っていない、強いて言うなら小賢こざかしい屁理屈へりくつとでも言うべきか。

 しかしこの様な投書を無視するのは、極少々わずかに微小びしょうなリスクを有しているとも言えた。何せ現代は、投書が言う様に情報の伝達や選択肢せんたくしが豊富な時代なのだ。ひょっとしたら、このポスターを負の旗印はたじるしに奇妙な活動家がネガティブキャンペーンの一つや二つをするかも知れない。

 そう考えた市の役員らは、次の市のポスターに関して会議を行なうことにした。何せ市が仕事を委託いたくするデザイナーは安い賃金ちんぎんでもあごで使えるのだ、これが吉方きっぽうに働いて地方の活性化になったりしたら儲け物と言う物だ。

 何故なら官吏かんりとはそう言う考えの生き物なのだから、そうするのだ。他に理由は無いし、仮に有ったとしても大した理由ではない。


 議題は勿論もちろん、金太郎のデザインに関する物だ。ご当地ネタを現代風にリファインするだけでファンが大勢金を落とす事は度々あるのだから、会議にかける熱意も相応になる。

 まずは抗議にもあった安全ヘルメットに関してだ。確かに金太郎の時代にヘルメットは無かったが、当時から武士が馬に乗りかぶとを被る風習はあったのだから、金太郎が兜のたぐいを被るのはそう不自然な事ではあるまい。全会一致で金太郎は兜か何かを被る事になった。

 しかしここでいくつかの問題点が立ちふさがる。そもそも金太郎は現代人ではないし、そもそも彼は龍と山の精のハーフであって人間ですらないと言う事だ。交通安全を理由に、龍と精霊のハーフに安全ヘルメットを被せる事は正当性を欠く行為では無いだろうか? そもそもその様な行為は法の不遡及ふそきゅうに抵触する事では無いだろうか?

 答えは、言うまでもなくNOである。童話は子供が観る物なのだから、子供に伝わらなければ意味が無い。金太郎は人間じゃないから人間の法律で取り締まれないのである! と童話のアニメが言い出したならば、それのマネをした子供が無法者に育ってしまう。

 そして子供が観る物なのだから、当時の兜を精密かつ緻密ちみつにイラストに起こす必要などどこにも無い。子供が観る物など、子供だましに作って何が悪い? 金太郎が被るのは誰の目に見ても安全ヘルメットと分かる、簡素かんそなデザインに決まった。

 しかし、問題の解決は新しい問題点の登場でもあった。安全ヘルメットを被った以上、金太郎はあの特徴的とくちょうてきなおかっぱ頭を隠す事になる。ならばおかっぱ頭と同じかそれより上の金太郎の象徴しょうちょうをポスターに入れる必要が生じる。そう、まさかりである!

 しかし再び、ここで新しい問題点が生じる。今回のポスターは言わば、金太郎のポスターが現代的でないために槍玉やりだまに上がったと言える。そうすると、抜き身のまさかりを背負っているのは銃刀法違反じゅうとうほういはんでは無いだろうか? 金太郎は木を切ってはしけたと童話にあるが、彼が抜き身のまさかりを持っているデザインは子供の教育に悪いのではなかろうか?

 そんなバカな! そう一笑するのは実に簡単だ、しかし世にはチャンバラのアニメを観て包丁を振り回す子供も居るのだ。ならば、まさかり周りのデザインも細心の注意を振るい、いちゃもんをつけられない様に気を付けるべきであろう。

 結果、ポスターの金太郎は革製かわせいの斧カバーを取り付けたまさかりを背負い、安全ヘルメットを被り、走行用のゴーグルで両目を保護ほごし、ライダージャケットを羽織はおり、保安官が使う様な騎乗用のオーバーパンツをき、手足は安全と保護のためにグローブと安全靴を着用し、更にクマにくらを取り付けて騎乗した、現代にそくした形で生まれ変わった、完璧で究極の金太郎としてここに完成したのである!


 それからしばらく後、くだんのポスターは大々的にあちこちに張り付けられた。

 張り付けられたのだが、誰もそのポスターに関心をいだく事は無かった。誰もポスターに描かれたキャラクターを金太郎と認識する事は無く、誰もそのポスターを注視する事も無かった。

 ただ一つ、確かに言える事があるとしたら、それは今回の件で使われた公費は全くの無駄になったと言う事だけだ。

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