第三百四十五夜『走れ森氏-faith-』

2023/05/25「紫色」「告白」「消えた大学」ジャンルは「悲恋」


 MRSは激怒げきどした。いや、MRS等と名を伏せるのは逆に不便だ、仮に森氏と記すとしよう。

 森氏は必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの表紙詐欺さぎ同人サークルを除かなければならぬと決意した。

 森氏には漫画まんががわからぬ。森氏は、街の読み専である。同人漫画を読み、友と意見を共有して暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 例えば仮に戦闘機乗りの女性士官と、やんごとなき身分の令嬢れいじょうと、その間に軽薄けいはくそうな印象を覚える粗野そやでよく日に焼けた金持ちのボンボンが我が物顔をしていると言う表紙の書籍しょせきがあると仮定しよう。そしてその最初のページで、この金持ちのボンボンが重機じゅうきに潰されてトマトのごとくおっ死んでいたらどう思うだろうか?

 森氏はいきどおりを覚え、義憤ぎふんに駆られ、内心でこれをたんと企てた。

 しかし表紙詐欺同人サークルも人の子である、命が有り、同じく人権がある。同人作品を用いて他者の脳を害した者を処断する法律なんて物は存在しないのである、私刑など論外の犯罪行為である、罪刑法定主義は詐欺師さぎしや悪人の味方なのである。

 森氏は漫画が描けぬが、ある小説家は出版社へのいやがらせを原動力に毎月小説を書いては送っていたと言う逸話いつわを知っていた。故に森氏はタイトル詐欺を小説と言う形で自分も行ない、社会に対する報復を行なおうと考えた。

「気の毒だが正義のためだ!」

 森氏は小説を書き始めた。太陽が高い時間は小説を書き、太陽が沈んだ時間も小説を書いた。毎日社会の報復のために小説を書き、毎月社会に対する嫌がらせのために小説を書き上げた。

 この様な生活は森氏の心身に作用し、寝不足で時折顔色は紫がかった物になり、卑屈ひくつな様で奸佞邪智かんねいじゃちであり、その上猪突猛進ちょとつもうしんでもある性質に森氏の大学の友人の何人かは関係を断った。

 しかし森氏はその程度ではへこたれなかった、今の森氏は猪であり矢でありロケットでもあった。自分で自分を鼓舞こぶし、前進する事を絶対にやめようとしなかった。

『私は私を信頼しんらいしている、私は私に信頼されている! 私の道を塞ごうとするものが居たら、それは悪魔のささやきか悪夢に外ならぬ! ただの夢だ、夢幻ゆめまぼろしだ。悪い夢だ、忘れてしまえ! 森氏、おまえはじる事などはない。やはり私は真の勇者だ! 不屈の姿勢で前に進めるではないか! これが真の勇者でなくて何だと言うのだろうか! 私は報復の義士として死ぬ事が出来る! 私は生れた時から真っ直ぐな男であった。真っ直ぐな男のままにして死んでやろう!』


 しかし、事は森氏の思惑とは異なる形で運んだ。森氏の書く作品は読者の予想を裏切るとして話題になり、彼の作品は他者を傷つける事無く、他者を純粋に喜ばせていたのだ。

 世間は森氏の作品に対して肯定的こうていてきであり、彼の目的はついえた事となる。

 しかしそんな森氏の胸中も知らず、出版社は彼にインタビューを要求する。

 しかし、まさか「私の創作は、表紙詐欺を行なう同人グループに対する復讐心ふくしゅうしんによる八つ当たりです!」などと、そんな訳の分からない告白をインタビューで言う訳にもいかない。

 森氏は結局、インタビューの要請をけ、ただひたすらタイトル詐欺の小説を今日も書くしか出来なかった。

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