第三百三十六夜『販促アニメーション-inventory-』

2023/05/15「戦争」「墓標」「最高の剣」ジャンルは「指定なし」


 あの事件は、私が商店街を通っている時に起こった。

 商店街の電気屋の前を通り過ぎる、電気屋では新型らしきテレビが変身物作品を流している。この作品は毎週のように主人公が異なる姿に変身する事で話題になっている新作で、それに応じて関連商品も次から次へと店に並んでいる。

 別に私は販促番組はんそくばんぐみそのものは否定しない、しかしこの番組の変身は少々気に入らない。毎週新しい変身をすると言う事は、毎週目新しいデザインを披露ひろうしないといけないと言う事に他ならない。事実、今変身した主人公の姿は全身がゴテゴテと装飾品が多い姿で、一言で言うと洗練されていない。もう一言加えると、どうせ最後の変身としょうしてスッキリした姿に変身するのだろうなと、考えがけて見える。

 私がボンヤリとその様な事を考えていると、その事件は起こった。街に突如とつじょ複数の怪獣が現れたのだ。

 怪獣の外見はクロコダイルかコモドドラゴンに似た体長二メートル強と言った姿だが、その両者と違って二足で立っていた。体調も相まって、これがテレビ越に観ていたらスーツアクターが中に入っていると思ったかも知れない。

 しかし現れた怪獣はビニール質の肌でなければ、においも動物園のそれ、一目で着ぐるみではなく本物の猛獣もうじゅうだと理解出来た。

 そこからはもう、完全に恐慌状態きょうこうじょうたいだ。人々は恐れおののき、我先にと逃げ出した。しかし怪獣は俊敏しゅんびんに逃げ出した人に飛びつき、組み伏せた。私はその様を、その場に凍り付いたように見ているしか出来なかった。

 しかしその時、怪獣に異変が起こった。怪獣は組み伏せた獲物えものに興味を失い、別の人を追いかけんと跳躍ちょうやくして解放したのだ。なるほど、徘徊性はいかいせいのクモは食欲よりも狩猟しゅりょう本能ほんのうまさるために、捕らえた獲物を放置して別の動く獲物を狩り始める生態せいたいと言う。恐らくこの怪獣もそうなのだろう。

 いいや、その様に冷静にしている場合でもない。今も刺股さすまたを手に怪獣を捕えようとする勇敢ゆうかんな人が出たが、怪獣はその筋肉質な前肢ぜんしで刺股の金具部分をへし折ってしまった。

 もうこうなると出来るのは、ただただ怪獣を刺激しない様にソロリソロリとゆっくり逃げる程度。

 そうして怪獣を刺激しない様にしていたところ、猟友会りょうゆうかいに籍を置く人々がけ付けた。

 しかし、ここでも新しい問題が顔を出した。猟友会のメンバーが猟銃で怪獣をったところ、怪獣の皮膚ひふには傷一つ付かず、しかし跳弾ちょうだんで近くの家屋のガラスが割れてしまった。オマケに怪獣は猟銃で撃たれた事に興奮し、猟友会の一人に向って来た。

 その時の事だった。芥子からし色のコートを身に着け、丸メガネをかけ、長い髪を後ろで縛ってふさにした、れ木の様な印象の男が猟銃で興奮した怪獣の口腔こうくうを撃ち抜いたのだ。

 さすがの怪獣も皮膚の無い場所はもろかったのか、その場でひっくり返って滅茶苦茶めちゃくちゃに暴れた後に絶命した。

 当の枯れ木の様な男は落ち着き払った様子で何でもない様子だったが、周囲の猟友会のメンバーは彼の事を神業かみわざでも見る様な態度で居た。恐らくこれが出来るのは枯れ木の様な男一人で、他のメンバーではそうはいかないのだろう。

 しかし問題を解決したら、更に別の問題が顔を出したのだ。絶命した怪獣だが、総排出腔そうはいしゅつこうから複数のトカゲかワニに似た幼生が飛び出して下水へともぐり込んだのだ! どうやらこの怪獣は皮膚が頑強がんきょうなだけでなく、繁殖力はんしょくりょくも強く、街の地下に適応しているらしい。これではまるで、モンスターパニック映画ではないか!

 しかし、その時信じられない様な事が起こった。ここからはなれた場所に居る怪獣がゴムボールに気を取られて追いかけ、これを丸呑まるのみにした後、窒息ちっそくして動かなくなったのだ。

「「怪獣の弱点は口の中だ! ゴムボールを投げろ!」」

 人々は水を得た魚のごとくなり、怪獣にゴムボールを滅茶苦茶に投げて、投げて、投げた。すると思惑通り、飛んだり転がったりするゴムボールをくわえた怪獣はマヌケにも窒息してしまった。しかしその都度、怪獣の幼生がクモの子を散らす様にどこかへ走り去ったのだ。


 この出来事は、多くの人々の心に刻み込まれた。スポーツ用品店やおもちゃ屋ではボールの類が飛ぶ様に売れて、製造ラインは猛スピードで回転を始めた。何せこの事件で怪我けがをした人は少なくなかったし、無敵と思える怪獣に通用する数少ない銀の弾丸シルバーバレットがゴムボールなのだ。人々が護身用に、安心を買い求める為に、あるいは転売を行なう為にゴムボールを我先にと購入こうにゅうしたのは言うまでもない。

 しかし私は、この一連の出来事に不安を覚えた。ある日突然未知の動物が現れる事などあるだろうか? そして、明確で再現のし易い、それも既存きぞんの生物とは異なる弱点を有している事は自然だろうか?

 私は自分の考えが杞憂きゆうであると良いと考えながら、家のコンピューターを使ってくだんの変身物作品の放送をぼんやりながめていた。

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