第三百三十五夜『その島は在らず、未だ爆弾は落ちず-pikinni-』

2023/05/14「おもちゃ」「裏取引」「憂鬱な剣」ジャンルは「指定なし」


 私は小説の感想を書くのが苦手だ。別に読書感想文を書くのが下手で、何を書けば良いのか分からず、書くのが苦痛だと、そう言う事ではない。むしろ読書感想文を書く事自体は学生時代から得意中の得意だ。

 この間も、読んでくださいと送られて来た『ビキニアーマー剣客物語けんかくものがたり』なる作品に感想を送ったところだ。何せ私をたよって、意見や感想をもらえば上達出来ると信じて私の元へと送って来てくれたのだ。無下むげに断わってもいいが、それは不義理な事であって、私はそんな事をしたくはない。

 このビキニアーマー剣客物語なる作品だが、文章力やエンタメ性は最低限有ったし、誤字脱字もほとんど見られなかった、立派な事だ。しかし、それ以上に問題点が山の様に有った。


 まず字下げを行なっていない、それから一行一行毎に空白の行を設けている、三点リーダーを単品で使うし、記号の後に一文字開けない。こんな物は小学一年生の国語の教科書にっている文章も守っている事で、この作者が読むべきはウェブ小説のたぐいではなく、『こくご1』だ。いや、幼児が読むしゃべる絵本の方が適切なレベルかも知れない。

 加えて言うと、ビキニアーマー剣客物語と言うタイトルにも問題がある。そもそもビキニとは水爆実験によって命名された物で、近代でなければ厳密げんみつには使ってはいけない名称なのだ。

 しかしビキニアーマー剣客物語は異世界が舞台で、生活水準も近世ヨーロッパないし古代ローマレベル。しかも作者や地の文はビキニアーマー剣客物語を中世ヨーロッパ並みの文明水準だと評しているのだから頭が痛い。

 そもそもビキニと言う名称が成立しているならば、この世界には水爆実験があり、水素爆弾が実用された過去が無いとおかしい事になる。水爆実験を行なうだけの科学力や文明があり、なおかつ水素爆弾が成立している背景でなければ矛盾むじゅんが生じる!

 別段創作が現実に則しているべきとは言わない、しかし創作にはリアリティが無ければいけないのだ。例えば異世界人でも異星人でもいいが、現代日本の外で穴の大きさを指すのに十円玉大と言い出したらどう思うか? 例えが悪いなら、シャーロックホームズやロミオとジュリエットが同じ事を言い出したらどう思うだろうか? その逆もしかりであり、一事が万事でもある。

 別に私はビキニアーマーそのものを否定はしていない。例えば中つ国での全てのやり取りは現地語で行なわれており、各言語に翻訳ほんやくされて本になっていると言う設定だ。他には、ユグドラシル・オデッセイと言う気延きのべ誉津ほむつの作品にはビキニアーマーも登場しているが、この作品の舞台はポストアポカリプスを機械文明きかいぶんめいを失った千年後の地球だ。ある西部劇には光線銃や近代兵器がガンガン登場しているが、これも一度Xデーで人類が滅びかけた後の火星が舞台になっており、既に人類がビキニ島や水素爆弾を認知した過去が有るので矛盾は生じない。

 以上の様な設定や説明が存在すれば、ビキニと言う名称を使っても問題は無い。あるいはビキニと言う名称はタイトルだけで、作中人物達は近代以降の地球の人間ではないので認知していないとすれば、ビキニと言う単語の存在に齟齬そごが発生しない。加えて言うと、古代ローマの剣闘士は末期では女性剣闘士の姿も記録に残っており、半裸で興行試合を行なっていたと言われている。即ち半裸の女剣士が古代ヨーロッパを舞台に活躍する作品は、歴史的に正しいと言える。

 しかしこの様な設定も無しに、自分の書きたい事だけ書くのは作者の怠慢たいまんに過ぎない。

 演劇の騎士道作品に段ボール箱を箱のままで着た役者が出て来たとして、観客は誰一人その役者を騎士の役だとは思う事はあり得ないのだ。


 私はこれらの事を包み隠さず、オブラートも無しに感想として書き上げた。相手は自分自身の成長や上達を願って俺に頼み込んで来たのだ、私が嘘偽うそいつわりやおべっかを言っては意味が無い。

 例えこの事が原因でビキニアーマー剣客物語の作者が筆を折ったとしても、これ私に期待された役目だったのだ。私は恐らく者様などと周囲から言われているだろうが、相手の頼みに誠実に応えた結果がこれなのだから、仕方が無い。

 私に出来るのはこれだけだ、これが全て。そう思いながら、今しがたしたためた文章を携帯端末で送信した。

 その時、車のブレーキ鳴りが耳に届き、私の体に衝撃しょうげきが走り、視界に雲と空とが広がり、頭部をしたたかに打ち、意識が落ちた。


「おい和徒かずただ君、君が前勧めた真礼まれいビートって人の新作だが、これも中々良い出来だぜ? この人の作品は本当にすごい読み応えと読了後の余韻よいんだ、ボクとしてははげしい嫉妬しっとの念にられるね!」

 ある集合住宅の一室、作家の男とその同居人が居た。作家の男は手に読み終えた本を持っており、同居人はテーブルに教科書や参考書を開いて一心不乱に作業をしていた。

「すみません先生、それは光栄なのですが後にしてくれませんか? 今課題が忙しくて……」

 しかし作家の男は同居人の主張等どこ吹く風と言った風情で、全く気にしない。

「いいや、後にしないね! 人間は今できる事を後にしたら、後にしただけ全盛期に戻るのに相応のリハビリテーションを要する生き物なんだからな!」

「そうですか……じゃあ俺は聞き流すから好き勝手話していてください」

「おうとも、そうさせてもらおう! この新作だが、よくある異世界転生と見せかけて世界の描写が本当に絶妙ぜつみょうだ! 人々の生活や息遣いが伝わる様な事細かな描写!  女剣闘士として見世物の試合に出る際の心理描写! 剣闘士として客に嫌われない様に振舞おうと言う心情と、自分と言う闖入者ちんにゅうしゃの存在意義への葛藤かっとう! そして何より主人公が着ているよろいがビキニアーマーと呼称されている伏線! なるほど文明がリセットされた後の世界と言う設定は手垢てあかが付いた様な物だが、その伏線をビキニアーマーが成しているのは斬新と言ってもいい! どうすればこんな素晴らしい転生作品を書けるのか、是非とも御教示願いたいところだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る