第三百三十一夜『ささやかな願いと一発の解決-Wishboard-』

2023/05/10「晴れ」「金庫」「正義の高校」ジャンルは「時代小説」


 俺の両の手の中には、ズシリと重い金属で出来た開かないカラクリ仕掛けの箱があった。金属で出来てはいるが寄木細工よせぎざいくの様で、材質にはなまりも含まれているらしく、元々の持ち主である祖父の言う事には中身をX線で透視する事も叶わないらしい。

 その祖父だが、すでにこの世には居ない。この箱の中には何が入っているか祖父は教えてくれなかったし、多分知らないのだろう。だから、この箱は俺が開ける事にした。

 開ける事にしたと言ったが、言うは易く行うはかたしと言う奴だ。この箱は奇妙な事に、ハンマーで殴った形跡けいせきやバーナーであぶった名残があるのだが、それでも寄木細工の様なからくり箱としての機能を問題無く残していた。そして、殴った後や炙ったあとが有ると言う事は、そう言った手段では箱は開錠出来ないという証左でもあった。

 俺はひまさえあれば黙して箱の外側を構成するプレートや部品を、ああでもないこうでもない……と、そうつぶやきながらスライドさせるのが日課となっていた。

 本当に暇さえあればだ。俺は高校では何時でもパズルをいじっている変わり者扱いを受け、けれども事情を知る友人達からはあたたかい目で見られた。何せ祖父の形見なのだ、これを揶揄からかう様な人間は、俺達の様な正義をたっとぶべき人間からしたら非国民や敵国民と言ってもいいだろう。

 しかし俺は箱を理由に怠惰たいだはたらく様な事はしなかった。よく学び、よくきたえ、自分の自由にできる時間をかせげるだけ稼ぎ、それでいて箱に向った。何せ勤勉でない人間は、周囲から叱責しっせきされてしまう。俺は国や社会のためにくす事がこの時代の人間だと考えていたし、自分もそうすべきだと思っている。


 そんな日々が続いたある日、箱がけた。理由は俺自身にもよく分からないが、きっと自分でもよく分からない操作をしたら解けたのだろう。それもその筈、俺は自室で箱を解こうと躍起やっきになりながら、ウトウトと寝ぼけまなこになりつつ意識半分で箱をいじっていたのだから。

 箱の外枠がカラカラと金属音を立てながら外れ、中からひつの様な形状をした内側の箱が現れた。その形状はまるで、聖書に出て来る契約の箱を小型にした様な感じだった。

 俺は目がハッキリとえ、内側の箱の中身を一刻も早く確認するべくそのふたを開けた。すると、中には一つの指輪が入っていた。

「なんだろうな、この指輪……何か記号みたいな物がってある石が付いている……」

 俺は何と無しにその指輪を付けると、その瞬間しゅんかんすぐ近くで息遣いきづかいを感じ、反射的に横を向いた。しかし部屋には俺しからず、周囲には何も見当たらない。

『願いを言え。その聖櫃アークを開けた者は私を従える資格がある、人が実現し得る願いを言うのだ』

 今度は息遣いではなく、声が聞こえた。

「アークを開けた者? あんたはこの箱そのものか何かか? 願いを言えってのはどう言う事だ?」

 俺は困惑こんわくを覚えながら、自問自答する様に呟いた。しかし息遣いは確かに俺のすぐ近くに未だ有り、幻覚とは思えない存在感を有していた。

『そうだ、私はその聖櫃アークを開け、その指輪を着ける偉業を達成した者に服従する。願いを言うのだ、人が実現し得る願いであれば何でも叶えよう』

 ダメだ、自分で自分が置かれている状況が理解出来ない。息を大きく吸って、吐いた。この声は自分を箱と言っていたが、コイツの言っている事はイマイチ理解が追いつかない。

「……人が実現し得る願いってのはどう言う意味だ?」

『無限だ。不老不死、尽きぬ富、恒久的こうきゅうてきな平和。私はこれらを観測する事が出来ず、故に実現する事が出来ない。私がもたらす事が出来るのはかつてあった物、今叶う物、これから来る物だ』

 俺は目だけでなく、スクランブルエッグの様になっていた脳も、声の説明によって完璧に覚醒かくせいした。この声は恒久的な平和は約束出来ないと言ったが、現在や未来に存在する物は何でもくれると言ったのだ! つまり俺は今この地球に存在しない物を何でも注文出来るし、それこそ今現在の地球におさらばする事だって出来る……それも俺の考えが正しければ、その恩恵は国民全員で味わうことだって出来るのだ。

「今起こっている戦争を……問題を一発で解決出来る様な手段を確立する……ってのは出来るか?」

 俺は自分で発した声が震えている事に気が付いた。そんな積もりは無かったのに、まるでしぼり出す様に震え声をしている事に自分で驚いた。いや、驚く様な事じゃない。父はクリスマスまでには終わるだろうと言って戦地におもむき、そして年が明けても返ってこなかった、今はもう真夏だ。この戦争が終わり、みんなハッピーになる様な方法があるなら、それこそのどから手が出ると言う奴だ。俺の心はあの日から、ずっと晴れる事は無かったのだ。

うけたまわった。一発で戦争を解決する手段だな、それでは遂行する』


 そう声が聞こえたかと思うと、俺は見知らぬ土地に居た。読めない文字、見た事も無い建物、会った事も無い家族連れの人々。

 何が起こったのかと思って周囲を見渡していると次の瞬間、周囲の景色全てが吹き飛んだ。

 そう、景色全てが吹きとんだ。アニメーションで悪漢の息吹で建物や人々が吹き飛ぶのを見た事があるが、それの百倍以上の光景だった。

 建物は跡形も無く粉微塵こなみじんになり、人々は一瞬で血肉が削げて骨も粉になって何処いずこへと飛んで行くのが俺の目に見えた。それだけではない、風の中心に無かった家屋も強烈な風に煽られて崩れ、近くに居た人はその風にでられただけで皮膚が溶け落ちてゾンビの様な見た目になった。

 その場に居た俺は風を肌で感じたりしなかったが、この場は地獄としか言いようが無い状況になっていた。あちこちで火の手が上がり、俺はこの風が想像を絶する高温である事に気が付いた。

 俺はゾンビの様になった人々と、くずれ去ったり焼け落ちた建物の数々を呆然と眺めてようやく理解が追いついた。きっと俺は今、映画館の中に居る様な状態なのだ。

「おい、何だ……何なんだよコレ!?」

 誰に聞かせるでもなく俺は叫んだ。しかし、俺の質問は意外な形で返答があった。

『言葉の通りだ。貴殿きでんの偉業にこたえて叶えた願い、一発で戦争を解決する手段だ』

「何を言ってるんだ! 戦争を終わらせてくれるんじゃないのか!?」

 俺は力の限り声に向って問い詰めた。しかし返って来る答えは最初と同じく、淡々とした口調で、申し訳無さそうな様子とか、そう言った物は感じられなかった。

『戦争はこれで終わる。私に出来るのは人類に実現が可能な手段の伝授や、途中をすっぱ抜いた結果に過ぎない』

「違う! これは俺の願いじゃない!」

『いいえ、これは確かに貴殿の願いだ。貴殿がこれを望んだゆえ、私は人類に実現出来る何時いつかを帳尻を合わせる形で今日に持って来たのだ』


 机の上でうたたをした状態から、汗びっしょりで目が覚めた。恐ろしい夢を見た、例の箱を遂に開けたら入っていた指輪を身に着けたところ、どこかが地獄になる様子を見せられ、これでお前の願いは叶えられたとふざけた事を言われる夢だ。今でもあの地獄の熱風にさらされ、生きたまま皮膚ひふの焼け解けたゾンビの様な人達の姿と顔は忘れる事が出来ない。

 全く、何が俺の望んだ願いだ。ただでさえ寝苦しい真夏だと言うのに、とんだ悪夢を見たものだ。

 ふと俺は自分の指を見てみると、そこには記号の彫った石が飾られた指輪がまっていた。

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