第三百十七夜『いじめっ子をいじめるいじめられっ子をいじめるいじめられっ子-bully pulpit-』

2023/04/24「現世」「風船」「危険な記憶」ジャンルは「学園モノ」


 私の元に一つ感想が届いた。曰く、イジメの描写びょうしゃだけリアルだから、きっと作者はいじめられっ子だったのだろう。と言う物だ。

 この意見は文字通り、半分正しく半分誤りだ。私は中学生時代、いじめっ子だった時期があるが、いじめられっ子だった時期もある。


 事の発端ほったんは私がからかわれて、反応を示したからだったと思う。

 別にからかわれるだけならいいのだが、徐々に私に対する嫌がらせはエスカレートしていった。初めは私をからかうだけだったが、今では物を隠したり、ノートを破ったりいたずら書きしたり、これは立派な窃盗せっとうと器物損壊である、立派な犯罪である。

 もうこうなると私のやる事は決まっている。私をいじめるいじめグループの中で最も背の低い一人を、クラスの真ん中で皆が見ている中で、眉間みけんを思いっきり思いっきり殴った。

「お前っ! お前がやった事は知っているぞ! いじめは卑劣ひれつな行為なんだ! そんな事も分からない人間はこうしてやる!」

 いじめっ子グループのチビは殴られて怒るでも反撃するでもなく、恐怖と困惑の表情を浮かべていた。思った通り、自分はいじめっ子で反撃をされるとはつゆとも思っていない様な卑劣な人間だったのだろう。

 眉間を殴られたチビのいじめっ子は、すっかり戦意を喪失そうしつしていた。私は戦意を喪失した相手をる殴るのは卑劣だと思い、その場を去る事にした。これでいじめられっ子連中にも、いじめはよくない事だと言う事が周知されるだろう。何せいじめっ子は先生方に言いつける事だけは絶対しない、いじめを行なったらいじめられっ子に反撃されて泣かされました! だなんて、口が裂けても言える訳が無い。

 明日には何事も無かった様に、互いに互いを害さない様に振舞う事だろう。


 その翌日、私の気分は不幸にも優れていなかった。登校したら、私の机にいたずら書きがハデにしていたのだ。どうやらいじめっ子に、いじめられる事の不快さを教える事は失敗したらしい。

 とりあえず私は、件のチビいじめっ子を殴る事にした。そいつが実行犯かどうかは、この際知らん。

「お前だな! いじめは理不尽りふじんな事だって、何だって理解が出来ないんだ!? お前も同じ目にわせてやる!」

 教室の真ん中で殴るだなんて事はしない。トイレまで引きずって行き、その場で馬乗りになって顔が赤い風船の様になるまで殴り続けてやった。周囲の人間はどうしたのか気にするだろうが、彼はいじめられっ子に殴られたとは言う訳にもいかないから泣き寝入りするしかない。今度こそ私の周囲が静かになってくれればいいのだが……


 私の予想通り、私に対するいじめは止んだ。

 言い方こそ悪いが、いじめをする側は娯楽ごらくでやっているのだ。反撃で眉間が砕けたり鼻っ柱が折れたり両頬りょうほほれるリスクをようする娯楽だなんて、それは絶対に娯楽ではない。仮に私がいじめっ子を続けるならば、明らかに弱そうなチビをねらう訳だし、私が標的から外れるのは道理であった。

 その一方で、件のチビいじめっ子だが、何時の間にやら転校していた。きっといじめを苦に思い、それを誰に訴える事も出来ず、泣く泣く転校したのだろう。全くもって理不尽な事である、悲しい事である。


 以上が、私がいじめの描写に自信が有る根拠だ。いじめっ子だったし、いじめられっ子だったから、いじめの描写はどんと任せろと言う物である。

 しかし、この私の経験をまえて考えると、一つに落ちない事が有る。

『イジメの描写びょうしゃだけリアルだから、きっと作者はいじめられっ子だったのだろう。』

 確かにいじめっ子ならば、いじめの描写がリアルに書く事は出来よう。しかしそれは私が今描写した様に、逆でもあるのだ。いじめの描写がリアルなのは、いじめっ子でなければできないと言う理論も、又成り立つ。

 では、何故この感想を寄越した彼女ないし彼は、私をいじめられっ子だと断定、引いてはいじめられっ子でなければいじめを題材にした小説を書けないと言う内容の感想を寄越したのだろうか?

 考えられるファクターとして、この感想を寄越した人物はいじめられっ子なのであろう。一般的に人間は、自分が有するネガティブな要素を罵詈雑言ばりぞうごんとして無意識に選択すると言われている。故にこの人物は自分がいじめられっ子と自認しており、そしていじめられっ子である事をじていると考える事が出来る。

 普段であれば、私はこの様な感想を下さる人間の心理や立場を解剖かいぼうし、小説の登場人物にする事を好むのだが、何となくこれ以上の詮索をするのは得策でないと言う直感を覚えて、これ以上考える事を辞めて、床に就く事にした。

 こういう時は頭を空っぽにして寝るに限る。限るのだが、なんだかまぶたの裏に件のチビいじめっ子の顔が視える様で、その夜はよく眠れなかった。

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