第三百十四夜『きょううんの彫像-Jinxed Idol-』

2023/04/21「雪」「カブトムシ」「増える主人公」ジャンルは「サイコミステリー」


 昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中では、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 従業員の青年が商品を入れるガラスのディスプレイをみがき、整理整頓せいりせいとんをしていると、見た事の無い彫像ちょうぞうたなの奥の小箱から見つけた。雪の様に白いが、それでいて甲虫等がキチン質にも似た光沢こうたくを持つ、てのひら大のうずくまった人間の彫像だ。

 従業員の青年は見覚えない彫像を、不用意にさわったりせずに店主の女性に尋ねる事にした。

「アイネさん、この人が座った姿勢の銀色の置物って何ですか? 俺、この置物知らないんですが、勝手に触ったり、そもそも素手で触っていい物なんですか?」

 この店には怪しげな商品が多くある、彼はその事を重々承知しており、ひょっとしたら呪術師が使っていた毒薬の入れ物だったりしたらかなわないと考えたのだ。

 それに対し、店主の女性は特に慌てたりする様子も無く、鷹揚おうようとした態度を保っていた。

「ええ、別に素手で触ったりしても平気よ。そもそも素手で触ったりしたらいけない物を無造作に、お客様が触るかも知れない商品棚に置く訳ないじゃない」

 女店主は可笑おかしそうに笑ったが、従業員の青年は笑わなかった。

「そうですか、それでこの置物は何なんですか? 幸運を招く銀像とか、そんな物ですか?」

「それはね、所有する人間の人生にマイナスをける偶像なの」

 女店主は何でもない事の様に言い放ち、その言葉を聞いて従業員の青年はゾッとした。

「人生にマイナス……?」

「そう、人生にマイナスを掛けるの。これを持っている人は幸運が全て不運になるし、凶運きょううんが全て強運きょううんになるわ」

「ちょっと待って下さい、それってすごいんですか? 持っていると幸運になるんですか? 不運になるんですか?」

 従業員の青年は頭が追いつかない様子でたずねる。女店主は楽しそうな表情をかべるが、その一方で彫像に対してはつまらない物と言った様子で視線をやっていた。

「どっちもよ、幸運なだけ不運になるし、不運なだけ幸運になるの。つまり持っていても、所有者本人にとっては大して実感も実害も無い代物ね。余りに誰も欲しがらないから、奥の方にしまったのを忘れてしまっていたの」

 女店主はそう言うものの、従業員の青年の胸中いは疑問が湧いて出て来た。

「それって本当に実害が無いんですか? 幸運と不運が入れ代るって事は、それはその人が本来受ける筈だった幸運も不運も消えるんじゃあ?」

 従業員の青年の言葉に、店主の女性は灯がともった様に顔をほころばせた。

「ふふふ、カナエは良い所に気が付くわね。この偶像の正しい恩寵おんちょうはね、持つ人の人生を本来とは全く別の物にえる事なの。この人は競技で成功を収めるかも知れない、この人は経済的に成功を収めるかも知れない、この人は病気で破滅はめつするかも知れない、この人はうらみを買っておそわれるかも知れない……そんな人生をグシャグシャに混ぜ替えてしまう、これがこの偶像の本質なの」

 そう語る女店主の声色は、とても楽しそうだった。彼女にとってこの偶像の性質に疑問を抱いたのは彼が初めてであり、即ち、この彫像を店に置いた価値が初めて生まれたと言えなくも無かった。

「この子、要る?」

 そう尋ねられ、従業員の青年は偶像を持ち帰った自分を想像した。小間物屋で働く事に意欲を感じている自分、幸運にも女店主と出会えた自分、それらが入れ替わったとして、何がどうなるかは見当もつかない。

「いいえ、遠慮えんりょしておきます」

「あらそう、残念だわ」

 女店主は小箱の中に彫像を入れ、商品棚の奥にしまった。

「あの、アイネさんがあの置物を所有していなかっとしたら、どんな人生を歩んでいたと思いますか?」

「さあね、月で神様みたいに暮らしていたんじゃないかしら? もしくは、結婚して幸せな家庭を築いていたとか? ひょっとしたら大学で先生になって、学生達に教鞭きょうべんを振るっていたかも? でも、こうしてお店を開いていない事だけは確かね」

 彼女はまるで回顧かいこでもする様に、感傷的かんしょうてきな顔でそう言った。

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