第三百十三夜『衣装ダンスの向こう側のハンバーグ-Alien Acts-』

2023/04/20「桜色」「観覧車」「最初の遊び」ジャンルは「童話」


 ボウルになまめかしいピンク色のき肉を入れ、生の鶏卵けいらん微塵切みじんぎりにした生タマネギを加え、塩コショウと小麦粉を加えてよくる。

 あらかじめ熱したフライパンに油を入れておき、先述のタネをく。表面に焼き目が付いたら、ふたをして蒸し焼きにするのがコツだ。

 みんなはこの料理の事をなんて呼ぶだろうか? 日本人ならハンバーグと呼ぶだろうが、アメリカではコレはハンバーグではない。そもそもアメリカ人からしたら、ハンバーグと言うのは挽き肉のステーキをパンではさんだ料理の事だ。

 国によってはソールズベリーステーキ、タルタルステーキ、その他もろもろの呼称があるが、ハンバーグを含む約半数は地名であったり人物名であったり民族の名前が付いている。

 別にこれはおかしな事ではない。

 例えばサンドイッチは元々地名であり人名だし、ナポリの名を冠する料理も多く有る。

 僕がこんな話をするのは、うちにこの間訪れた稀人まれびとが原因だ。


 * * * 


 うちは小さな洋食屋だ。店舗てんぽこそ小さいが、遊園地の観覧車が見えて潮風しおかぜが心地良いロケーションにかまえる、手前味噌てまえみそだが素晴らしい店だ。

 小さい店だが、売り上げはボチボチと言ったところで、まあ食っていくには不自由していない。

 僕が厨房でハンバーグをねていると、ソイツはやって来た。

 店内でガサゴソと物音がした、インテリアがてらタダ同然で購入したが使っていない衣装ダンスが置いてある方からだ。

 見てみると、そこにはジャイアントウサギと言う奴だろうか? 大きな白ウサギの後ろ姿があった。

「こんにちは、どこから来たの?」

 僕はウサギを怖がらせない様に、努めてやさしく声をかけた。

何せウサギと言う動物の本質は害獣がいじゅうで、絨毯じゅうたんを引っく、電気のコードをむ、フローリングは掘り返そうとするし、そこら中で構わずふんをするし、加えて野菜を食い荒らす。そんな害獣がパニックを起こして逃げ回ったら大惨事だいさんじと言う物だ。

「こんにちは。えっと、その、私はこの衣装ダンスの向こうから来ました……?」

 ウサギが振り向いて言った。

 いや、振り向いた姿はウサギと似て異なる物だった。

 まず目の付き方が草食動物のそれではなく、視線が前方を向いた目の付き方をしていた。

 第二に、口唇こうしんの形状がウサギの物ではない、人間の口唇に近く、口をいた際には切歯が見えた。

 更に、白い毛皮の前方にはボタンが存在した、あれは自前の毛皮ではなく一種の衣服なのだ。

 そして何より、コイツは直立をしており、その前肢は物をつかむのに適した形状をしていて、一言で言うとウサギの様な姿をした霊長類れいちょうるいだったのだ!

 僕は絶句してしまった。

 目の前にウサギの様な知的生命体が居て、しかも迷い込んで来たような様子を示している。しかもこのウサギっぽい生物が言う事には、あの衣装ダンスは異次元に通じている事になる。

 僕が絶句していると、ウサギっぽい生物も黙り込んだ。時間が凍ってしまったように、互いに何も言えなくなった。

 そんな中、天の助けが来た。お腹の虫が鳴るのが聞こえたのだ。

「えっと、あの、その」

「まあいいや、あんたここには迷い込んで来たんだな? うちは料理店だから何か食って行けよ」

 ウサギっぽい生物は恥ずかしそう、そして嬉しそうにコクリとうなずいた。


 料理をする最中、僕はウサギっぽい生物と対話と言うか、身の上話をしていた。

 ウサギっぽい生物は名前を名乗ろうとはしなかったが、その一方でそれ以外の会話にはこころよく応えてくれた。

 家の近くを散歩していたら、森の中で見つけた大きな木のうろからうちへ辿たどり着いた事。

 うちの外の光景を見て、この様な光景は見た事が無い事。

 肉類を食べる事に抵抗が無い事、アレルギーや思想で受け付けない食材は特にない事。

 お腹がペコペコで泣きそうになっていた時、いい匂いがしてここに辿り着いた事……

 僕はこのウサギっぽい生物の外見が草食のそれでない事から、うちの看板メニューはハンバーグだと開示し、牛肉を食べられるか尋ねたのだが、この時の返答が予想だにしていない物だった。

「牛肉は好きですけど、ハンバーグって何ですか?」

 そらそうだ、ハンバーグは本来港町の名前なのだ。

 コイツの弁を信じるならば、コイツの正体は異星人か異世界人か何かだろう。異世界から来たと名乗る人物には、ハンバーグが好きか尋ねればリトマス試験紙になるのは当り前だ。

 まあいいやと、僕はハンバーグの概略がいりゃくも概略を話し、調理を始める。

 ウサギっぽい生物は興味津々で厨房をのぞき込みながら匂いをぐ。

「さあ出来たぞ、ハンバーグセットだ。これ食って元気を出しな」

 ウサギっぽい生物は余程空腹だったのだろう、提供されたハンバーグとサラダとスープとパンをむさぼる様に平らげた。

「ありがとうございました、このご恩は忘れません。これはお礼です」

 ウサギっぽい生物はそう言って、僕にコインを数枚手渡した。

 銀色に光る重い貨幣かへいで、ウサギっぽい霊長類の横顔がってある。

 僕は鑑定家かんていかではないが、本物の銀食器がこの様な重さだと言う事は知っていた。

 これは本物の銀で出来た通貨か? そう尋ねようとしたところ、ウサギっぽい生物は衣装ダンスの前に居て、僕に向って一礼をした。

「大変お世話になりました。ハンバーグ、美味しかったです」

 ウサギっぽい生物はそう言って、衣装ダンスを開いて中へ飛び込んだ。

 すると、衣装ダンスは独りでに閉まってしまった。

 衣装ダンスを開けてみても、そこは空っぽ。ジャイアントウサギの様な生物が一羽収まるならばともかく、隠れるに足るスペースは全く無い。


 * * * 


 それから僕は例の衣装ダンスは使う事無く、しかし撤去てっきょする事も無く今日こんにちまでいる。

 あの事は僕の白昼夢だったと片付けられれば簡単だが、あれが夢でなかった証拠の銀貨は手元に実在している。

 向こう側にはハンブルクが存在しないのだから、ハンバーグも存在しない。

 ひょっとしたら、ハンバーグと言う物を食べてみたいと言うウサギっぽい生物の団体が雪崩なだれ込んで来るかも知れない。

 時々そんな事を考えながら、僕は日銭を稼ぎ、ライフワークを続けている。

 何よりも、牛肉は好きだけどハンバーグを食べた事が無いと言うウサギが存在すると考えると、そんな連中にハンバーグを食わせたくなるのだ。

 きっとあの衣装ダンスの向こうでは、あのウサギが仲間のウサギ達に対してハンバーグを布教している……ひょっとしたら世界で唯一ハンバーグが好きなウサギを公言しているかも知れない。

 そう考えると、ほおがこそばゆくなった。

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