第三百十二夜『給餌と進化-jump the shark-』

2023/04/19「水」「魔女」「希薄なかけら」ジャンルは「童話」


 しおが満ちるとすぐそこまで海がり上がる様な、海沿うみぞいの都市国家があった。住民はもっぱら漁業や、貝殻かいがらに由来する染料せんりょうで商売や貿易を行なって生きていた。

 その都市国家の領海、丁度近海と遠洋の中間辺りの位置に小さ目の漁船があり、釣りや漁をする訳でも無くただただ魚にえさをやっていた。船には二人の青年が乗っており、一人は操舵そうだを担当し、一人は船から海に用意された餌をいていた。

「なあ、何でこんなんであんな額の金がもらえるんだ?」

 給餌行為きゅうじこういを担当している青年が、半ば不満そうな様子で疑問そうにボヤく。

「それはな、その仕事をやりたがる人間が少ないから割が良い額なんだよ。加えて船の操縦が出来る人間でなければ、この仕事を受ける事が出来ない」

 操舵を担当している青年は、給餌行為を担当している青年が手に持っているふくろをチラリと一瞥いちべつして言った。袋の中身は腐敗している様子は無いが、餌と言うには少々鼻につくキツい臭いがする。

「そうなのか? 俺はあの額が貰えるならやりたいけど」

「ここら辺りの人間からしたら伝統文化にたずさわりたい人間が多くて、餌撒きは人気が無い仕事なんだろう。実際、あの都市は観光業で成り立っている所が多いしな」

 操舵担当の青年が言う通り、都市国家は質の良い染物そめものであったり、高価な海産物料理が街に並んでいた。観光客が言う事には、これらの染物や料理はまるで魔法の様な出来との事だ。しかし給餌担当の青年はに落ちない顔をやめない。

「ますます分からないな。漁や布が売れるなら、何で餌を海に撒く事に意味があるんだ?」

 給餌担当の青年の言葉に、操舵担当の青年は神妙しんみょうな顔になり、静かに語り始めた。

「この海域な、人喰いサメが出るらしい」

「人喰いサメ?」

「それだけなら珍しくない、問題は人喰いサメが食いっぱぐれると冬眠に失敗したくまみたいに浅瀬あさせまでやって来て、人をおそうらしい」

 操舵担当の青年の言葉に、給餌担当の青年は目を丸くして驚いた。

「浅瀬にサメが来て人間を襲う! 本当なのか?」

「ああ、昔は度々あったらしい。それであの都市の人間は、領海ってのは生物みんなの所有する物で人間も例外でないし、領海に住む魚や海鳥も人間と同じと考える様になった」

「それでどうなったんだ?」

 給餌担当の青年は作業をする手をゆるめず、しかし固唾を飲んで操舵担当の青年の言葉に耳をかたむけた。

「残飯だ。海から得た食物の内、人間が食わない物は海に撒く。これを習慣化した結果、サメが浅瀬に出没する事はなくなったらしい。きっと残飯を食ったカニやエビと言ったスカベンジャーがサメの餌になり、食いっぱぐれたサメが人間を襲う事も無くなったんだろう」

「なるほどなー、それでこんな訳の分からない仕事が有るのか。ところで、その話って本当なのか?」

 給餌担当の青年は納得したような口調で、更なる疑問を投げつける。操舵担当の青年は呆れた口調で返す。

「お前は本当に疑い深いな。いや、別に悪くはないが……何でも漁獲量ぎょかくりょう推移すいい赤潮あかしおの発生記録を見るに、本当の事らしい。あの都市の人間が魚を獲りすぎるとサメが来る、もしくはサメが死んで結果としてプランクトンが大量発生して海が赤くなる……漁獲量を高くしたまま、それらを防げる様になったのがこの撒きだそうだ」

 操舵担当の青年の説明に、給餌担当の青年は今度こそ納得した様子を見せた。

「なるほどなー、ところでサメって浅瀬以外にも出るよな?」

「ああ、出るな」

「空を飛んだり、砂にもぐったり、かべをすりけたり、瞬間移動をしたり、大気圏突入たいきけんとつにゅうしたりするじゃん」

「ああ、するな」

「あいつらも食いっぱぐれて餌を求めて来たサメなのかな?」

「知らないけど、そうなんじゃないか?」

「なるほど、これは責任重大だ」

「ああ、責任重大だな」

 そう言って、給餌担当の青年が魚肉の一片を海面に投げる。すると海面に巨大なサメの頭部がかんだと思うと、サメの頭部がもう幾つか浮上し、取り合いの末に一頭が餌を口腔こうくうに収めて海中に戻って行った。

「今さ、サメ何頭居た?」

「さあな、一頭じゃないのか?」

 操舵担当の青年は関心が無さそうな様子で、つまらなさそうにそう言った。

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