第三百十一夜『完璧なアンドロイド-humanism-』

2023/04/18「戦争」「墓場」「業務用のかけら」ジャンルは「偏愛モノ」


 樽編だらむ大学の森教授と言えば、その道の人で知らない人は居ない傑物だ。恐らく彼と分野が交わる人は何かしら彼の著作や論文に、必ずや触れているであろう。

 森教授の研究分野は犯罪心理学で、彼はこの道の権威とまで言われている。その研究内容は、ミンメイパブリッシング社から出ている心理学や法学の教科書にも載っており、即ち間接的に森教授の世話になっていない学生は居ないと言っても過言ではない。

 現在の森教授の研究分野は、プログラミングの協力だ。何でも完璧な人間をした心を持つアンドロイドを作るべく、各方面の専門家が集められたのだ。

 森教授はこの企画に奮起ふんきし、ベストを尽くした。プロジェクトの共同研究者達も無論、やる気満々だ。例え森教授がベストを尽くして人間らしい心を吹き込まれたアンドロイドが完成しても、その外観が人間らしくなくって心を病んでしまっては意味が無い。人間は顔に火傷やけど一つ負っただけで心の健康を害してしまうのだ、一人一人の責任は重大と言えた。


 かくしてアンドロイドは人間らしい外観と、人間らしい人工知能と、人間らしい愛や仁と言った心を併せ持った完璧な人間として完成した。一人一人が完璧な仕事をしたのだ、完璧な完成体が出来上がるのも道理である。

 結論から言うと、アンドロイドは大人しくて人間的な性質として完成した。人間が作るのは戦争の道具や、暴力の延長だけではないのである。人間の心には平穏や平和と言った、おだやかな概念がいねんがあるし、むしろそっちの方が主流なのだ。

 ただ一つ問題点があるとしたら、この完璧なアンドロイドは稼働かどうをした瞬間しゅんかん、何かを理解した様な顔を浮かべたかと思うと、自分で自分の電源をオフにしてしまったのだ。

 これは何かの間違いではなかろうか? そう思った面々は再びアンドロイドの電源を入れるが、アンドロイドは目を開いたかと思うと気怠けだるそうな表情を浮かべ、自分で自分の電源をオフにしてしまった。

 専門家達は何度も設計や内部構造を確認したが、どこにも問題や間違いは無かった。つまり、このアンドロイドは本当に完璧なアンドロイドだった事になる。

 完璧な人間を作ろうとしたものの、この様な結果になってしまい、森教授はひどく落胆して、とっとと家に帰って眠ってしまいたいと、そう考えた。

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