第三百十夜『陽炎達の街-ghost town-』

2023/04/17「海」「地雷」「ねじれた運命」ジャンルは「童話」


 気が付くと、私は誰も居ない駅の中に居た。どうやってここに来たか、そもそもここがどこかは分かっていない。大きな駅ビルの中にある、ショッピングモールの中にある改札前の広場と言った様子だ。

 いや、無人の駅とは言ったがそれは正確には違う。周囲には無数の人影ひとかげの様な物が見える、文字通り人影の様な物が歩いているのだ。

 人影の様な物が歩いているとは言ったものの、人間の影が歩いていると言った様な様相でもない。目をらすと、そこにぼんやりとヒトガタのゆがみが生じている……そんな現象があちこちで起こっており、人が歩くようなペースで移動しているのだ。周囲に人間は、私一人しか居ない。

 改札前の広場だけでなく、改札横のコンビニエンスストアもやはり無人で、通路には例の陽炎が動いているのが見えた。陽炎達は私に反応を示すでもなく、しきりに移動をしたり、改札の向こう側へ移動したりしている。

 あまりに幻想的な風景なせいで、私はこれを明晰夢めいせきむか何かではないかと自問した。確かに誰も居ない深夜の街と言うのは見た事が有るが、人間大の陽炎がうろうろしている駅と言うのは現実味が無い。

 今ここで、コンビニで何か商品を無断で取って行ったらどうなるんだろう? そう漠然ばくぜんと考えていると、側頭部辺りに視線を感じた。見ると、私のすぐ隣に例の陽炎が居て、私が顔を向けると陽炎の頭部にあたる部分がれた。私は何となく、きっと会釈えしゃくをしたんだろうな。と、そう思った。

 きっとあれは人間か、人間に類する何かなんだ。そう思うと、例え夢でも盗みを働く事は申し訳なく思えてきてしまった。

 ところで今は何時なんじなのだろうか? 周囲はもうすぐ早朝と言った具合で、薄暗いと言うよりはやや明るい。時計が壁にかかっているが、酔っ払いが蹴りでもかましたのか、或いは暴徒がレンガでも投げつけたのか、時計はガラスが砕かれ、針は妙な角度に曲がっていた。時計は三時三十三分三十三秒を指したまま、止まっている。

 時計が止まっているならば、電車の運行情報はどうだろうか? しかしこれも時計の表示が三時三十三分三十三秒で、行先は海とだけ書いてあった。

「今は深夜の三時前だって言うのか? それにしてはここはやけに明るいが……」

 そう独り言をつぶやくと、先程と同じく視線を感じた。見ると先程までゆらゆらと移動をしたり改札の向こうへ向かっていた陽炎達が、立ち止まっていた。まるでここに居る集団が皆、私の事を責めている様な、そんな感覚を覚えた。いや、この陽炎達は明確に私に対して異物感ないし敵対心を持っている!

 何か陽炎達の気にさわる様な事を言ったのだろうか? 今、私は何か陽炎達の地雷を何か踏んだのか?

 訳が分からないまま、私は居心地の悪さを覚えて駅から立ち去る事にした。


 目を覚ますと浴槽よくそうの中だった。どれくらい意識を失っていたかは分からないが、のどがカラカラなので相当長い時間眠っていたらしい。

 何かよく分からない夢を見ていた気がするが、記憶がはっきりしない。

 そんな事より、今は水分補給だ。もうちょっと長くかっていたら、危うく命を落とすところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る