第三百七夜『よく分からない石碑-role prey-』

2023/04/13「宇宙」「鷹」「バカなツンデレ」ジャンルは「ラブコメ」


 俺がそのよく分からない石碑せきひを見たのは、ゆだる様な夏の炎天下の日、旅行先での出来事だった。

 便宜上べんぎじょう私はアレを石碑と呼んではいるものの、正直に言うとアレが石碑かどうかは自信がない。一応石碑と呼んでいるのは、形状が一応石碑と呼んでも遜色そんしょくないのと、その村の人々が石碑らしい物体に水をかけてはいている姿を目撃したからだ。

 しかし見れば見る程、よく分からない石碑だ。なんとなくSF映画に出て来る宇宙から飛来したモノリスの様な印象を覚える、それでいてりのうすいお地蔵さんか石像の様でもある、しかしそれでいてどこか前衛芸術ぜんえいげいじゅつの様な外見もしている。

 普通何かをまつっている石であったり、土着神の石像だと言うのならば、その所以ゆえんを書いたインフォメーションなり立て札が有りそうな物だが、それも無い。まさしく、謎の石碑だ。

 見ると俺と同年代程に見える妙齢みょうれいの女性が、水の入ったおけ柄杓ひしゃくを持ってこちらへやって来た。

 俺は彼女と目が合い、彼女は俺に向って会釈えしゃくして来たので、俺の方も会釈で返した。

「こんにちは、私は旅行者なのですが、この石碑? は一体何なんでしょうか? もしよろしければ、後学のためにご教授頂けないでしょうか?」

 すると、桶と柄杓を持った女性は少々困った様な表情を浮かべて言いよどんだ。まるで知らない人と話していけないと、そう言い含めさせられた子供の様だ。

「ごめんなさい。あの石の事は、地元の決まりでよその人には教えちゃあいけないってなっているんです」

 桶と柄杓を持った女性は、大変申し訳無さそうな態度でそう答えた。村の決まり事でよそ者を拒絶する事は、まあよくある事だろう。しかしこうして単に拒絶したり無視するのではなく、申し訳無さそうな態度を取ると腹は立たないものだ。

 しかし俺の心は今好奇心の虫に刺激しげきされていて、何としてでもあの石碑の様な何かの事を聞き出したくてままならなくなっていた。

「そこを何とか、絶対に他言しないと言ってもダメでしょうか?」

「ごめんなさい! 私は別に構わないんですけど、決まり事でどうしてもダメなんです。アレは地元の人にしか話しては絶対にダメなんです」

 押してもダメか、しかし彼女自身は特に俺に対してよそよそしい態度を取るでもなく、俺に対して悪とは言いがたい。そんな態度を取られ、俺もの目たかの目で探りを入れるのも相手に悪いと考え、仕方無くこの場を食い下がる事にする。

「そうですか、ところでこの石碑? 俺も水をかけて拭いてもよいのでしょうか?」

 そう質問すると桶と柄杓を持った女性は困った顔を返上し、こころよく俺に対して対応してくれた。

「ええ、ご自由にどうぞ。この石はこの村にとって大切な物だから、別にこの石をみがいても地元の人達は嫌な顔をする事はきっとないと思います!」

 そう言って俺は物は試し、先程この石碑の様な物を見かけた時の事を思い出しながら見様見真似でソレに水をかけて拭いた。

「ええ、お上手。まるで最初からここの人みたいですね」

 桶と柄杓を持った女性はそう言って、俺に対して笑顔を投じた。


 あの後、俺は彼女と連絡先を交換し、定期的に連絡を取り合う関係になった。

 そして俺にとって小さな転換期が訪れた。仕事でトラブルが起こり、俺は仕事をクビになったのだ。俺は路頭に迷い、日々のかてをどうやって得て生きていくかが見えなくなった。

 その事を彼女に話した。すると彼女は、うちはいつもはたらき手が不足してるし、住む場所もあるから来ないか? と、そう俺に言ってくれた。

 俺は都会に居てもやる事が無いと思い、快くその提案に甘える事にした。


 時は流れ、俺は村にせきを置き、所帯を持った。村に移り住んだ時は不安だったが、彼女にリードされる形で新生活はトントン拍子で進んだ。それから、もうすぐ第一子も生まれる。

 当時の俺の人生はピークであり、激動げきどうだった。それ故、細かい事やどうでもいい事は忘れたり後回しにして生きて来たのだが、今になってふと思い出した事が有る。俺は色々あってこの村の住人になったが、未だにあの石碑らしい何かの事を知らないままだ!

「なあ、俺とお前が初めて会った時のあの石碑なんだけど、結局アレって一体何なんだ?」

 俺は妻に尋ねる。すると、妻はつまらない事だとでも言いたげな反応で言った。

「ああ、あれね。この地域に昔から伝わる、人口増のおまじないですよ」

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