第三百四夜『何十何年目の夢-Awaking-』

2023/04/10「本」「DS」「真の大学」ジャンルは「王道ファンタジー」


 うちの学校には封印された、開かずのとびらがある。なんて事は無い、昔は機能していたが今となっては向こう側が使われていない扉なんで、埋め立てて封印されてしまっただけだ。

 仮にあの扉を無理矢理開けたとしたら、足場の無い向こう側へ通じてしまう訳で大変危険だ。

 しかし、それはそれとしてうちの学校では妙なうわさがある。何でも陽が沈んだ後の校舎で、あの封印されている扉を開けて向こう側へ行く人を見たと言う話だ。

 それだけならば、ただのよくある噂話だ。扉の向こう側が闇の世界につながっている等と言い出せば、それはよくある小学校の怪談だと思う。

 しかし、これがよくある噂話と少々異なるのは、目撃者が多々居る点か。不審に思い、私は目撃者にその人物の服装や背格好を尋ねてみたが、これがどうにも要領を得ない。噂なんて物は、やっぱり当てにならない。

 そんな事より、今は次の講義だ。私は座学は苦手で、どうにも板書を取っていても眠くなってしまう。全く困った話だが、眠らない様に努めなければ……


 気づいた時には日が沈んでいた、私は今学校の廊下ろうかに居る。しかし不思議と危機感やあせりの類は感じなかった。

 ふと見ると、くだんの扉の前に人が居た。後ろ姿だが、見知った人には見えない。服装ははかまで、体格は言うまでも無く女性のそれ、思い当たる人物とは全くひもづかない。

 するとその袴姿の女の子は封印されている扉に手をかけ、開いた。

 危ない! 私はそうさけぼうとしたが、声が出なかった。

 しかし、その袴姿の女の子が扉を開けると、中には真新しい綺麗きれいな連絡通路が存在した。私が知る限り、あの扉の外には足場も何も無いはずにも関わらず!

 袴姿の女の子は、本を抱えたまま小走りで連絡通路をけて行った。私はその光景が信じられず、扉の外の光景を呆然と見ていた。

 ところで、ガラス張りの上を飛んだり歩いたりした事があるだろうか? あれは結構勇気を要する行為で、ガラスが張ってあると頭で理解していても、体はすくんだり、心臓を始めとした内臓が引きまる。

 それと同じ事が、私の身に今起こった。私はあの袴姿の女の子を追いかけようとしたが、封印された扉の向こうへ足をみ出す事が、連絡通路へ足を踏み入れる事が出来なかった。一歩踏み出したら、この連絡通路は夢幻ゆめまぼろしと消えてしまうのではないか? そう頭と心が感じ取り、目の前の光景が信じられず、私は袴姿の女の子が小走りで行くのを見ているだけしか出来なかった。


 頬杖ほおづえをついたまま、椅子に座ったままの姿勢で、教室で講義を聞きながら眠ってしまった様だ。ノートは船をぎながら無造作に走ったペンと、口のはしから垂れ落ちたよだれとで、それはもうひどい有様だ。

(派手にやったね)

 隣で学友が私を揶揄からかう様な口調で、小さくそう言った。

 そんな事よりも、私の意識は今見た夢に向いていた。あの夢は一体何だったのだろうか? あの袴姿の女の子は何だったのか? 夢は取り留めの無い物の事が大半だけど、それでもひらめきの素材となる事が往々にしてある。

(ねえ、あの噂の扉って使われなくなって何年くらいか知ってる?)

(え? いや、そんな事知る訳無いし)

 学友は予想だにしない事を言われ、虚を突かれた様な態度で私に対応した。そりゃあそうか、私だって同じ事を言われたら同じ様な反応をする。

(じゃあさ、この学校って創立何年だっけ?)

(うん、それなら知ってる。もうすぐ創立百年らしいよ)

 学友は答えられる質問が来て、喜色を浮かべて答えてくれた。なるほど、私は疑問が氷解するのを感じた。

(それじゃあ、あの扉の噂っていつ頃からあるんだっけ?)

(んー比較的最近じゃない? 先輩に聞いたけど、扉の話は知ってるけど、噂になったのは今年からだって聞いたよ)

(そうか、分かった。ありがとう)

 話が一段落したところで、学友は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、板書の続きを取っている事を示した。

(なに、良いって事よ。でも退屈だからって、涎垂らして寝るのはよくないよ。あんた、形而上学けいじじょうがくの授業で毎回の様に寝ているでしょ? 今日の九十九つくも神に関する講義、面白かったのに残念な事したね)

 私は何となく、悪戯っぽく笑う学友の顔をした袴姿の女の子の想像をした。和服を着た妖怪だなんて陳腐ちんぷも良い所だし、学校そのものが幽霊ゆうれいになるなんてのもファンタジーだが、何故だか今の私には、学校そのものが袴姿の女学生になって化けて出たと言うのが不思議としっくり来た。

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