第三百二夜『前世の記憶が-man in grey-』

2023/04/08「音楽」「狼」「残念なカエル」ジャンルは「童話」


 突然だが、俺には前世の記憶がある。

 物心が着いた頃には前世の存在を確信していて、自分が前世で何をしてどうやって命を落としたかも鮮明に思い出す事が出来た。

 俺は前世で連続殺人犯だった。連続殺人犯と言っても、金や権力や親の力で殺人をみ消したと言った様なチンケなケースではない。増してや生きる為に殺し、食う為に殺した訳でも無い。

 俺が覚えているのは、俺が後ろ暗いやから恐喝きょうかつして金品を巻き上げ、自尊心じそんしんを満たしている事だ。何せ後ろ暗い連中と言うのは警察けいさつけ込むと言う事を知らないし、自分が抱えている問題を他人と共有すると言う選択を持たない。恐喝しようが強盗しようが、第三者が目撃しない限りは発覚し得ないのだ。

 そんな事をり返す中、まれに抵抗を見せる輩が出るのだが、俺はそう言った奴を殺していた。丸腰の相手に後ろからナイフを突きつけて恐喝し、抵抗の意志を見せる様ならば後ろから脾臓ひぞうをザクっと刺してやった。

 我が前世ながら、納得のいかない話だ。俺は恐喝や強盗をして相手が泣き寝入りするのが楽しかっただけだと言うのに、悪事が明るみになった俺は連続殺人犯として報道されて裁かれた。俺としては本意は恐喝行為にあり、うっかり事が上手く行かなかった時に殺人を数回犯してしまっただけだと言うのに、役所と言うのは他人の意見を封殺する事しかしやがらない。

 結果として俺は更生不能の卑劣な犯罪と言うお題目で、死刑にされてしまった。


 勿論もちろん前世の身の上話は、こんなネガティブな物だけではない。

 俺は前世でピアノが特技だったのだが、こうして生まれ変わった今でも手が覚えているかのようにスムーズにピアノが弾けた。恐らく脳が前世の記憶を覚えているのだから、それに連動して手もまるで経験者であるかの様に動くのだろう。よわい六つの時にはすでに、超絶技巧練習曲を弾く事も出来た。かのモーツァルトもここまで天才ではないだろう!

 俺がピアノで様々な曲を弾くのを披露ひろうすると、俺の現在の両親はまるで今世紀最大の吉事きつじであるかの様に喜んだ。バーカ、お前らが特別なんじゃない、俺の前世が優秀なんだよ。お前らのガキに俺と言う前世が乗っかってなければ、それこそカエルの子はカエルと言う奴だ。

 かつての俺は、学が有る方ではない。しかし幼児と言っても過言では無い現在の俺にとっては、世間から天才としょうされるには十二分だった。世間は俺を天才少年と持てはやし、その度俺の現在の両親はほこらしげに歓喜した。


 この様な毎日が続き、転換点は急にやって来た。俺の身柄は現在の両親の手元から引きはなされ、何とか言う団体の連中に拘束されてしまったのだ。

 俺の現在の両親は、俺と言う最高傑作さいこうけっさくを奪われそうになってひどく取り乱し、連中に対して何やら侮辱ぶじょくの言葉の数々をいた。

 それに対し連中は書類の束を取り出して、俺の現在の両親がやっている事は不当にあたり、俺の身柄を引き渡す権利は当方に有ると言うむね淡々たんたんと述べた。

 俺は両親を守る形で団体の連中を包丁か何かを殺す事が出来ないかと思案したが、悲しいかな現在の俺は年端としはもいかない子供で、体格が出来上がっているとは到底言えず、抵抗らしい抵抗は出来なかった。


 俺は団体の連中に連れられて施設に案内されたが、これがまた酷かった。映画やドラマでよく見る、良いお巡りさんと悪いお巡りさんに尋問じんもんされるシーンで使うような部屋でテーブルに着かされた。しかもご丁寧ていねいに、ジェットコースターみたいなガッチリしたシートベルト付きの椅子と来たもんだ。

「こんな部屋で、僕に何を? 事情聴取か何かですか? 僕の両親は素晴らしい人です、叶う事ならば両親の元へ返してくれませんか?」

 俺は努めて冷静に、世間が求める様な良い子ちゃんを演じて連中に言った。すると、連中は確信したような顔で互いに見合わせ、訳知り顔でうなづきあって、俺に対して口を開いた。

「我々は君の事を知っている、?????。そうだね?」

 俺は呆然ぼうぜんした。こいつらは、俺の前世の名前を知っている!

「ど、どうして……誰ですか? その何とかってのは一体何ですか?」

「とぼけなくてもいい、我々は君の事を知っている。君がかつての連続殺人犯と同一人物だと言う事も、あの狂った医者夫婦による記憶の連続性に関する大脳皮質の違法な移植実験体だと言う事も全てだ」

 狂った医者夫婦の違法な移植実験!? なんだそれは! 俺は何も知らないぞ! 俺は開いた口が塞がらなかった。

「ま、待て! 俺は何も知らない! 何だその大脳の移植ってのはどう言う事だ!? お前らは俺をどうする積もりなんだ? 家に帰してくれ!」

 俺は取り乱して抗議したが、連中は張り付けた様な感情の感じられない鉄面皮を微動びどうだにせずに淡々と俺に話しを続けた。

「観察の結果、君の肉体は確かに別人だが、君の人格は完全に?????と同一人物だと認めるだけの材料がそろっている。故に、君の事はもう一度死刑する事になった」

 連中は冷淡に、俺にそう告げた。

「ふざけるな、俺はまだ七歳なんだぞ! 殺されてたまるか!」

 俺は必死で抵抗を試みたが、椅子の拘束は大の大人でも解けそうにない程に強固で、逃れる事は叶わなかった。

 この時、俺の脳裏に前世の記憶が横切った。前もこの様な椅子に拘束されて、死刑執行しっこうを言い渡され……

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