第二百九十九夜『あなただけに伝える、秘密の呪文-Counterspell-』

2023/04/05「戦争」「車」「輝く目的」ジャンルは「ホラー」


 二人の青年が森の中、重そうな一つの荷物を運んでいた。

 時刻は深夜、もうすっかり暗い時間帯で、二人は携帯端末けいたいたんまつのライトを使い、周囲を確認しながら進んでいた。

「なあ、ちょっと気になった事があるんだが、テケテケって知ってるよな?」

 青年の片割れが、気になる事が有る様子で尋ねた。質問をされた方の青年は、まゆを一瞬しかめてから返事をした。

「ああ、知ってるぞ。丁度俺がガキの頃に、学校で話題だった」

「すごく気になる事があってさ、てけてけって電車にかれて幽霊ゆうれいだかバケモノになったって話だよな? それでここからが話のキモなんだけどさ、テケテケの呪文って知ってるか?」

 疑問を口にした方の青年の言葉に、質問をされた方の青年は首を動かして反応を示した。しかし彼らは運搬うんぱん作業をサボる訳でも無く、重そうな荷物を運ぶ姿勢はくずさない。

「なんだ、その呪文ってのは? 俺はそう言う話は聞いた事無い、後世に後付けされた対抗神話か?」

 疑問を口にした方の青年は質問を質問で返され、首をかしげた。分からない事が有るから疑問を口にしたのに、質問を返されて疑問が増えるとは中々思わない。

「対抗神話……?」

「文字通り対抗するために後付け作られた、対抗策とか後日談とか起源みたいなもんだな。例えば『現代で幽霊が出ないのは、化学の力で除霊を行なう部隊が存在するからだ!』ってうわさを流す、そしたら都市伝説の内容は幽霊から特殊部隊にシフトして行く……これがよくある対抗神話の一種だ。」

「対抗神話、対抗神話ねえ……?」

 疑問を口にした方の青年は、どうにもに落ちない様子で口を閉じたままモゴモゴと何かを唱えている。

「それで、その呪文がどうかしたんだ?」

「ああ、その事なんだけどよ。テケテケに向って『地獄に落ちろ!』って言うと、死んでいる事を自覚して消えるらしいんだ」

「はあ? そりゃおかしいだろ、何言ってんだソイツ?」

 質問をされた方の青年は素っ頓狂とんきょうな声を挙げた、深夜だと言うのに全く近所迷惑な話である。

「そうなんだよ! 俺もおかしいと思って、人間をおそう幽霊に『地獄に落ちろ!』なんて言ったって逆ギレして襲ってくるだろってさ」

 疑問を口にした方の青年の言葉を聞き、質問をされた方の青年は平静を取り戻して神妙しんみょうな顔を浮かべた。重そうな荷物を運びながらでこそあるものの、これが安楽椅子に座っての表情ならば、名探偵か何かの様にも見えただろう。

「……テケテケが足をうばおうと人間を襲う幽霊なのは知ってるな?」

「ああ、それは勿論もちろん

「スリーピーホロウとか首無しライダーと呼ばれる妖怪や幽霊の存在は知ってるか? 前者は人間の頭を奪いに来るアメリカの妖怪で、後者は頭を事故で失って尚走り続ける日本の幽霊だ。そしてスリーピーホロウは渡米する前はイギリスの妖怪……つまり、テケテケやテケテケの同類は日本以外にもヨーロッパやアメリカにも存在する」

「それがどうかしたのか?」

 二人の青年は荷物を運びながらも、話に熱が入る。勿論足元や周囲の確認はしているが、意識は話の方に向っている様子だ。

「聖書には『私の手足を見てれてみろ、幽霊ならば肉も骨も無い』って一節がある、つまり中東にも手足を失った幽霊は存在するって事になる。俺は知らんが、きっとアフリカやオーストラリアや南米にも居る事だろう」

「それがどうかしたのかよ?」

「連中が体の一部を失った切っけは様々だ。頭を斧で落とされた、単車に乗っている所をピアノ線で斬られた、元々頭が無かった……ひょっとしたら地雷で足を失った妖怪や幽霊も居るかも知れない」

「だから、それがどう呪文に関係するんだよ?」

 疑問を口にした方の青年の質問に、質問をされた方の青年は荷物を運ぶ足を止め、向き合う形で顔を向けた。

「その対抗神話を流布るふした奴が、何を考えてそう言いだしたか見当がついたよ。ソイツは話し相手に向って『地獄に落ちろ』って言ったんだ」

 その言葉を聞き、疑問を口にした方の青年はパッと、まるでのどに引っかかっていた魚の骨でも取れた様な顔をした。

「なるほど! 俺じゃなくて、お前が幽霊に足や頭や手を取られてしまえ! って、そう言う意図で考えられたのか! でもそうなると、その呪文を教えた奴ってテケテケに襲われる自覚があるって事になるよな? 自分がテケテケに襲われる予定だから、代役を用意する事になる」

 そんな会話を交わしつつ、二人の青年は既定の場所についたらしく、運んでいた荷物を地面へと下ろした。

 二人が運んでいた荷物の片方は大容量のボストンバッグ、もう片方はキャンプ用の大型キャリーバッグだった。二人はバッグの中を開いて指示された場所にある穴へと中身をぶちまけた。

 人の足、人のあし、人のもも、人の大腿骨だいたいこつ、人のすね、足、足、足、足、足、足、足、足、足、足、およそ絶対に一人分とは思えぬ量の人間の脚部が二人のバッグから穴へと注がれた。

 二人の青年は請け負っていた業務を完遂かんすいし、晴れやかな顔で互いをねぎらった。

「呪文、唱えてみる?」

「いや、いらん。今の話がうそでもまことでも、役に立つとは全く思えん。それより仕事を片付け終わったんだから、依頼主いらいぬしの所にもどって金を受けとろう」

「案外、戻った時には依頼主が襲われてる最中かもな。もしくは、戻る最中にテケテケに俺らが襲われるかも?」

「知らん、助ける義理も襲われる義理も無いと主張する。いや、依頼主が襲われて金が受け取れないなら、それが一番怖いな」

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