第二百九十四夜『早急な要求-best wishes,-』

2023/03/30「天国」「見返り」「最初の遊び」ジャンルは「悲恋」


 少年が近所の空き地で、土の中にくすんだ赤銅色しゃくどういろの何かを見つけた。彼は何かと思って手に取ってみると、それは一種のびんだった。

 これは一体何で、誰の物だろうか? と、少年はそう思い、瓶の表面にこびりついた土を手でぬぐうと、瓶の中から何やら中東風の足の無い辮髪べんぱつ頭の大男が現れたではないか!

「俺は父に命じられて俺を解放した人間の願いを何でも三つ魔法を叶える様命じられているさあ早く三つ願いを言うんだ早く!」

 目を丸くする少年を尻目に、大男はそれはもうもうスピードでまくし立てる様に立て板に水し始めた。

 解放した人間の願いを、何でも三つ魔法で叶える。しかし、そう矢継やつばやに言われても人間は急には何にも考えられない。

「えっと、その、ちょっと待って下さい」

 少年がそう言うのを聞くと、大男はニヤリとほくそ笑み、一瞬口を閉じてから口を開いた。

「よし、ちょっと待ったぞ。さあ、二つ目の願いを言え」

「え! 違う! 今のは無し!」

 少年がそう言うと、大男は再びほくそ笑む。

「今のは無しだな? 分かった、二つ目の願いは、一つ目の願いは無かった事にする、いわゆる放棄ほうきと言う奴だ。さあ、三つ目の願いを言え」

 ここまで来れば分かるだろうが、この大男はひどく意地が悪い。それもそのはず、何せ魔法で何でも出来るが、天国の父に瓶に閉じ込められ、しかも解放してくれた人間の願いを何でも三つ叶える様命じられているのだ。鬱憤うっぷんまるし、解放された時点で意地悪の一つや二つもしたくなると言う物だ。仮に願いを百個にしてくれとでもいうものならば、願いを三つ叶えたからと、途中で逃げる算段なのだ。

 しかし少年の方はたまった物ではない。何せ意地悪な大男のせいで、願いを三つつぶされたのだ、大金持ちになる事も、身長を伸ばす事も、理想の恋人を得る事だって、近しい人を死からよみがえらせる事すら出来ただろうに、それが全てお釈迦しゃかだ。

「どうした? とっとと願いを言え、俺は早く自由の身になりたいんだ。早く願いを言うんだ、さあ、早く!」

「うるさいな、黙ってくれよ!」

 少年が怒鳴どなるのを聞いて、大男は三度目の笑みをかべた。

「……よし、黙ってやったぞ。三つの願いは叶えられた、俺は晴れて自由の身、さらばだ」

 大男は呵々大笑かかたいしょうしながら空へとのぼっていき、そして見えなくなってしまった。

 少年はただただ呆然ぼうぜんし、その様子を見ているしかなかった。


「アル、どこで遊んでいたの? 今日は外国から叔父おじさんが来るって言ったでしょ?」

 家に帰ると少年は母親に詰問きつもんされた。しかしまあ大目に見てやって欲しい、何せこのくらいの年齢の少年少女はやんちゃなものなのだ。若さゆえの全能感や無手法むてっぽうは、若い内にしか存在しないのだ。

 それはそれとして、少年は外国に住んでいる叔父との再会に少々心がき立った様になり、そして自分をなじる母親を少々うとましく思い、先程あった事に心を刺々とげとげしくされ、事実をふくらませる形で二人を話してやろうと思い至った。人間は嫌な思いをしたら、事実を脚色きゃくしょくせずにはいられない生物なのだ。

「実はさっき、空き地で見つけた瓶の中に辮髪べんぱつの大男が居て、何でも願いを叶えるから瓶から解放してくれって言ったんだ。余りにも可哀想かわいそうだから、僕はそいつが自由になる様願ってやったら、空に向って飛んで行ったんだ」

 少年の母親は、何をバカな事を……とかんばしくない反応を示した。

 しかしその一方で叔父は興味深そうに話を聞いていて、ふところから筆と備忘録びぼうろくを取り出す程だった。事細かに話を書き留めつつ、たくわえた顎鬚あごひげや頭に巻いたターバンをき、神妙な顔で一言もらさない態度だ。

「バカな事言ってないで、うちの用事を手伝いなさい! 叔父さんは忙しい人で、今日もこっちにはお仕事の取引で来ていて、その合間を見てうちに来てくれたんだからね!」

「いやいや、気にするな。興味深い話だ、良い物を聞かせて貰えて何より。だが、辮髪の大男と言うのは良くないな、何か中東の人にも伝わる表現方法を考えなくてはな……」

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