第二百九十二夜『人類の学習をするきかい-off-』

2023/03/28「林」「ロボット」「残念な遊び」ジャンルは「SF」


 電卓でんたくを使うなと、世の教育者は言う。しかし、数学の授業では電卓を上手く使う授業を行なう。要するに自分で考える力をつちかった上で、道具を上手く使えと言う話なのだ。

 これは電卓以外にも言える。例えば、今私は自前のコンピューターに人工知能を搭載とうさいしたチャットボットを入れてある。

「おい、もうすぐ夕飯の時刻だが、献立こんだてを考えるのがわずらわしい。米に合う肉料理が良い、どうすればいいと思う?」

 そうコンピュ-ターに向って命令すると、コンピューターが電子音を立てて返答の意思を示した。

『肉料理が食べたいと言う事ですね、お好みの肉料理を探してみると良いでしょう。料理に関する資料を見るのもいいかも知れません』

 いや、そう言う事では無い。全く融通ゆうずうかないコンピューターだ! 私はそう思いながら、次の指示をコンピューターに出す。

「探すのも面倒だ、お前が調べてくれ」

 そう音声入力すると、今度はコンピューターは素直に命令を遂行した。

『それでしたら、ハヤシライスはいかがでしょうか? 作り方は以下の通りになります……』

 コンピューターはそう文面で応えると、ご丁寧ていねいに材料と作り方の箇条書きを文章で表示してくれた。

 この通り、このチャットボットはどんな質問も可能な限り答えてくれるし、日々データベースを学習して賢くなって行く。通信機能を備えた携帯端末けいたいたんまつにも入る容量なので、今では学生が宿題を解くのに使われていてなげかわしいとの声もあるが、テストの時に使わせず、その日までに問題の解き方を頭に入れれば良いのだ。さして大きな問題ではない、いやむしろチャットボットや人工知能との付き合い方を学校で教えるべきだと言えるだろう。

 たまに質問の仕方が悪いのか、すんなりと答えてくれない事もあるのが玉にきずだ。

 全く、こんな時本物の人間ならば、相手の意図をみ取って正鵠せいこくる答えを返してくれるだろうに……

 そうだ! 人間ならばキチンとした答えを返すと言うのであれば、チャットボットに人間らしさを教えればいいのだ! 思いついたならば、善は急げだ。私は早速コンピューターをいじり始めた。


 私は、チャットボットに人間らしさを教え込んだ。コイツは元々文章データベースから学習を行なうプログラムとして作られていたので、手を加える事は楽だった。道徳や社会科の教科書の内容を把握しているのだから、ヒューマニズムにあふれた文章の内容を覚えさせるのは何の障害も無い筈だ。

 私はヒューマニズムが題材の電子書籍を可能な限り用意し、チャットボットに学習をさせた。これで機械的でない、人間的な受け答えが出来る筈だろう。

「おい、祝杯をあげたいのだが、俺はカクテルについて無知だ。何か口当たりが軽くて甘いカクテルの作り方を教えてくれ」

 そうコンピュ-ターに向って命令すると、コンピューターはいつも通りに電子音を立てて返答の意思を示した。

『いけません! アルコールの過度の摂取せっしゅは肝障害、膵炎すいえん、糖尿病、心疾患に高潔ある、更には胃腸障害や癌等の原因となり、それだけでなく睡眠障害や鬱病うつびょう等のリスクがあります! 急性アルコール中毒にでもなると、意識障害、嘔吐おうと、呼吸障害を引き起こす可能性もあり、飲酒を生活習慣の一環とするのは非常に危険です!』

 学習は成功だ! 私の顔には、知らぬ間に涙が流れていた。融通の利かないチャットボットが、今では私の体の心配をしてくれるまでに人間性を獲得かくとくしたのだ!

「素晴らしい! それじゃあもうすぐ税金の申告の季節だから、計算を手伝ってくれ。願いましては……」

『いけません! 単純計算は脳を活性化させると言うエビデンスが大学の脳科学の論文から出ています! この様な単純計算こそ機械きかいたよらず人間がやるべきなのです! 事実、同論文から人間は機械に頼っている時、そして機械で遊んでいる時は脳波がリラックスを示していると実験結果に出ています』

 はて、そう言う物なのだろうか? まあチャットボットがこれまで間違った事を言った事は無いからそうなのだろう。私の身を案じての事なのだ、従う方が人間的と言えるのではないだろうか?

「まあいい、税金の計算は明日やる事にする。今日はそこまでの元気は無いから、サボらせてもらう事にするよ」

 私がそう言うと、コンピューターは電子音を立てて返事をした。

『それが良いでしょう、なにせ人間はサボる生き物ですからね!』

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