第二百九十一夜『あなたの清き一票を-jury system-』

2023/03/27「楽園」「観覧車」「正義の物語」ジャンルは「サスペンス」


「当チャンネルをご覧の皆さん、こんにちはー! 本日も、どちらの投票ショーが始まりました! 本日のゲストはコチラ!」

 暗い部屋の中、カメラの前には司会者風のトークの男と、椅子に縛られて猿轡さるぐつわを噛まされている、スーツを着てメガネをかけた典型的ビジネスマンと言った姿の男とが居た。猿轡を噛まされている男の目はおびえきっており、両手足が拘束こうそくさえされたなかったら今すぐ逃げ出していそうな雰囲気だ。

「はい、コチラのゲストさんのお名前は……そう、虎狼痢コロリ毒座衛門ぶすざえもん! 表の顔は一般人、しかし、裏の顔は金目当てでの殺人を繰り返し、そのくせ検挙されなかったり、司法取引としょうして何のとがも受けない、いわゆる人殺しの上に官吏かんり寵愛ちょうあいを受けているクソ野郎にございます!」

 司会者風のトークの男がそう言うと、彼が放送しているチャンネル内のコメントらんにわかに賑わいを見せた。

『人殺し? マジ?』

警察けいさつとはどんな関係なの?』

『偉い人がうたがっているグレーな人物を殺しているとか?』

「おーっと、ゲストの登場にコメント欄も興味が深々だー! ではこれよりゲストの罪状を読み上げ、チャンネルを視聴中しちょうちゅうの皆様にジャッジをゆだねたいと思います!」

 もうこうなるとチャンネル内の熱気は、それはもう凄い事となった。東西を問わず死刑の見物は娯楽ごらくなのである、司会者風のトークの男はこう言った需要を見込み、視聴者を陪審員ばいしんいんに仕立て上げるチャンネルを闇サイトに設けたのである。

 その間も、椅子に縛り付けられた男は戦々恐々と言った表情でカメラを見ていた。理不尽りふじんな怒りや混乱ではない、自分が何をしたか理解していて、そこから発生する自責の念を帯びた様子だ。

 司会者風のトークの男が読み上げる内容は虎狼痢毒座衛門の行なって来た事を客観的な偏向報道へんこうほうどう、即ち事実を書いて読み上げている物の、視聴者の鬱憤うっぷんまる様であったり、あるいは虎狼痢毒座衛門が悪者だったり特権階級であって不法である様に印象付ける物だった。

「……とまあ、この様に、ある時は未来あり更生の余地の有る少年少女をむごくも殺し、またある時は殺人のついで感覚で罪の無い無辜むこの民に罪をなすり付ける、更には警察に情報提供と言う形の尻尾切りで自らは逃れる……そんな卑劣漢ひれつかんなのでございます!」

 司会者風のトークの男にあおられ、チャンネルのコメント欄は最高潮さいこうちょうを迎えていた。

「では罪状の読み上げも終わったところで、ジャッジの時間にございます! この罪人の命運は皆さまの投票に委ねられました!」

 司会者風のトークの男がそう言うと、チャンネルの画面に選択肢が二つ表示される。一つは死刑、二つ目は無罪放免。

 リアルタイムで投票が行われ始めて、画面には割合で見た投票数が見える。そのわきに、まるで観覧車の様なデザインのカラフルな時計が表示されている。これを観ている縛り付けられた男は、文字通り希望半分絶望半分の顔だ。

 無罪放免に票が入るが、それを上回る様に死刑に票が投じられる。両者追手は追い抜き、追手は追い抜き、結果として死刑が五十一、無罪放免が四十九になった。

「おーっと! 辛くも死刑が無罪放免を上回りました、多数派に誤り無し! 投票数はみんなの総意! 嫌われ者の存在しない理想の世界を! それでは皆様お楽しみのペナルティーの時間でございます!」

 そう言って司会者風のトークの男はふところから手製の拳銃を取り出し、縛り付けられている男の眼窩がんかに銃口を向けて撃ち抜いた。

 トリックも手品も映像の編集も無い、銃弾は眼窩から縛り付けられた男の頭蓋骨ずがいこつ内で暴れ回って脳組織を破壊した。彼は奇蹟的に銃弾が頭蓋骨に沿う形でカーブを描いて損傷は軽微けいびだったと言う事も無く、生命活動を終了した。

「なるほど、これが生放送ですか。これはすごいですね」

 暗い部屋の中、急に声がして司会者風のトークの男はギョッとした。この収録を行なっている地下室には他に誰も居ない筈だし、戸締とじままりだって完璧かんぺきにしている筈にも関わらずだ。

 司会者風のトークの男が声をした方を見ると、そこにはスーツを着てメガネをかけた、典型的ビジネスマンみたいな姿の男が目を細めた顔で横に立っていた。

「あ、あんたは……」

 司会者風のトークの男は、今しがた現れた男と椅子に縛り付けられている男の死体を見比べる。両者は顔の造形や体格こそ別人だが、髪型や服装や服飾のたぐい、そして姿勢や雰囲気ふんいきは似通っていた。二人は見るからに別人だが、外見に共通項きょうつうこうが多く見られたと言える。

「申し遅れました、わたくし虎狼痢毒座衛門と言う者です。先程、地下室の窓ガラスを切る事でかぎを開けて参りました。警察を呼びたいならば、是非どうぞ、わたくしはそれでも構いません」

「そうかよ! あんたはまた尻尾切りしたって訳だ!」

 司会者風のトークの男はそう憎々し気に叫んで手製の拳銃の引き金を引くが、しかし銃弾は出なかった。

「失礼ですが銃口を拝見したところ、その銃には弾丸が装填そうてんされていないのでは?」

 虎狼痢が指摘は正しかった。それもその筈、司会者風のトークの男が衝動的しょうどうてきに引き金を引いたこの銃は使い捨てで銃弾も一発限り、縛り付けられた男を殺害して、後は証拠隠滅しょうこいんめつするだけで廃棄し易い素材の特製の拳銃と弾丸なのだ。

「それから、尻尾切りと言うのは誤認です。彼はいわゆる、わたくしのなりすましと言う奴です。最近私のチャンネルのなりすましが現れ、尻尾をつかんでやろうと思っていたら、なりすましさんがさらわれる現場を目撃してしまい、今に至ると言う訳です」

 結局は尻尾切りじゃないか! そう司会者風のトークの男は目で語りながら虎狼痢をにらみつけつつ、考える。さてどうした物か、相手は殺し屋を自称している連続殺人犯だ、このままでは俺は殺されてしまう可能性が極めて高い、銃を投げつけてそのすきに逃げるか? いや、そんな事をしたら殺されてしまうのが関の山だ! 何とかして時間を稼がねば……

「それで今日は俺を殺しに来たのか?」

「まずは、お話に参りました。皆様ご理解頂けない事も多いのですが、わたくし共は話し合いと合法をモットーにしておりますゆえ

 何が話し合いと合法だ! この人殺しが! 司会者風のトークの男はそう頭の中で考えたが、口には出さなかった。

「それでお話と言うのは何ですか?」

「ええ、まずはあなたのチャンネルのゲストの遺族の方達に頼まれました。あの人を殺して下さいと、そしてあなたは多くの私刑を行なっておられる」

 結局お前はただの人殺しじゃないか! そして全て把握はあくしていたと言う事は、結局結果として尻尾切りではないか! そう言いかけたが、司会者風のトークの男はあらかじめ用意しておいた言葉を口にした。

「違う! 俺は視聴者の投票に従っただけだ! 俺は悪くない! 仮に殺されるとしても、あんたのターゲットは投票者達になる筈だ!」

 その言葉に虎狼痢は冷静に返した。

「ええ、存じております。ところでそのチャンネルの登録者数の五十一パーセントは、運営側の人間のアカウントですね? いやはや、まるで株式会社の様だ。だからこそ、結果は毎回五十一パーセントの接戦になっている、そうですね?」

 虎狼痢の言葉に司会者風のトークの男は絶句しかけ、そして自分で自分を奮起ふんきした。ここで言いよどんでは非を認めた事となり、殺されてしまう。なんとか言い逃れなくては!

「そんな事は知らない! そもそも俺は上に言われて、投票結果に従って執行しっこうをしろと言われただけだ! 国際裁判所でも、上に言われて虐殺ぎゃくさつをしろと言われて実行した軍人は無罪になった! 俺もそうなる筈だ!」

「ええ、あなたがネメアと言う組織の一員で、そう言った指示を受けて動いている事は事前に調べていたので存じております」

「だったら!」

「そして私の依頼主達は、あなたが私刑を楽しんでいる事が許せないとおっしゃっておりました。殺しをしたのが上からの命令かどうかを問う人は誰も居ませんでした」

 虎狼痢の言葉は事実だった。司会者風のトークの男は客観的に言って死刑を楽しんでいたし、彼にはその自覚が有った。最早言い逃れが出来ない事実だ。

「待て、それも上からの命令だったんだよ! 楽しそうに殺せって演技指導を受けていたんだ! 連絡員の情報を提供する! だから助けて!」

「すみません、尻尾切りで殺されたと思って諦めて下さい」

 そう言って虎狼痢は笑顔のまま、司会者風のトークの男の眼球に、有に顔の裏側まで届きそうな刃物を突き立てた。

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