第二百七十八夜『痩せぎすの鏡-reversible-』

2023/03/13「屋敷」「タンス」「いてつく目的」ジャンルは「大衆小説」


 鏡の中に太った男が居た。

 太っていると言っても、ぶくぶくとみにくく太っていると言う訳では無く、恰幅かっぷくが良いとか肉付きが良いと言った様相だ。オマケに着ている衣服も、パツパツだとか布地がいちじるしく足りてないなんて事も無く、むしろ貫禄かんろくが有る言っても良い。

 そいつはロティサリーチキンの一切れらしい物を笑顔で食いながら、にやけ顔でこちらを見ている。全く呑気のんきで、それでいてうらやましい物だ。

 私はせている。痩せていると言うと美徳の様に聞こえるが、その実、大量に炭水化物を摂取せっしゅしないと夜には空腹にさいなまれると言うのが、私にとっての痩身そうしんの実態だ。一度ビュッフェで肉と甘い物ばかり食べた事があるが、夜には空腹を覚えてしまった。それから私はビュッフェでは必ず、寿司やライスやカレー等をる様に心掛ける様になった。

 つまり、鏡に映っている男は私が炭水化物を重点的に摂取しないといけない事を理解しつつ、ニヤニヤ顔で肉を食っているのだ。全く憎たらしいデブだ。

 しかし太っている方が着る服に困らないと言うのも妙な話だ。現に目の前のデブは体にピッタリとフィットしたシャツとジェケットに身を包んでいるが、私は肩幅に合わせるとダブダブした服装になってしまうし、逆に背丈にあった衣服を選ぶとツンツルテンのヘソ出しルックになってしまう。現に、私の家のタンスにある衣服は、フリーサイズのゆったりした物が大半だ。

 鏡の中の太った男はロティサリーチキンを平らげると、今度はシーザーサラダを食べ始めた。どちらも私の好物だ。

 やっぱりこの憎たらしいデブは、私がどういう状況で何をどう思っているか理解していると言う事になる。全くもって憎たらしい話だ。


 私の部屋にかかっている鏡は古物商から購入した物で、一人で鏡に映ると不思議な物が見える。

 鏡をのぞき込む人によって映る物は異なると、店主はそう言っていたが、私の目には恨めしそうな表情をした痩せぎすな自分が映った。なるほど、私はお世辞にもスマートな体系とは言いがたいが、この様な不健康にガリガリに痩せているよりはずっとマシと言う事か。

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