第二百七十六夜『山の中、沼の中、ガスの中-Born on a Monday-』

2023/03/10「天使」「ことわざ」「人工の剣」ジャンルは「ホラー」


 憂鬱ゆううつで気だるげな、月曜日の早朝の事だった。

 始まりはなんて事の無い、言い争いからなるいさかいだった。ある男が同僚どうりょうを、まだ眠っている田舎町の道端みちばたで、衝動的しょうどうてきに首をめて殺してしまった。衝動的に殺してしまったのだから、どうすればいいのか分からない。計画的殺人とは違い、衝動的殺人には遺体の始末なんてスケジュールに無いのである。

 しかし幸か不幸か彼の殺人には目撃者がおらず、更にロケーションも彼に悪運と言う形で味方をした。この近くには立ち入りが禁止されている私有地である山があり、滅多に人が入らない。彼はこれ幸いと死体を引きずりながら山に立ち入り、都合の良い事に山中に開けていない場所に沼があるのを見つけ、これに死体を投げ捨てた。

 一時はどうなるかと思ったが、これでひとまず安心だ。


 ところで、この山には様々ないわれがあった。立ち入り禁止がなされる前には山中で奇妙な生物を見たとか、あり得ない動物を見たとか、摩訶不思議まかふしぎな事がまことしやかに語られている。

 それと同じ事が彼の身にも起こった。いや、厳密には彼の身にではない。

 翌週の事だ、彼の耳に地元の学生がうわさしているのが届いた。いわく、例の立ち入り禁止の山に忍び込んだら、沼のところに身体中だらけのゾンビの様な人影が立っており、死に物狂いで逃げたらしい。

 これには彼も吃驚仰天びっくりぎょうてん、驚天動地、疑心暗鬼、五臓六腑ごぞうろっぷが飛び出しかけた。殺した同僚がゾンビとしてよみがえった? それが本当ならば、自分はどうすればいい?

 彼は居ても立っても居られなくなり、山の沼までけ付けた。すると、そこにはあの日殺した同僚と思しきヒトガタが全身びっしょり状態で立っていた。いや、ヒトガタと評するのは少々語弊ごへいが有る。殺した同僚がそのままの姿でマネキンの様に、人間でない様に不自然な直立不動で突っ立っていたのだ。

 彼はあらかじめ登山用品店で購入しておいたなたを、力の限り同僚の首元に振り下ろした。

 男の意図に反し、同僚の首はまるでキノコをく様に簡単に断たれた。とにかく、およそ骨や筋肉の通った人間の手応えではなかった。

 同僚らしきモノの肉体は倒れ、重くて水分の多い物が倒れる様な音がした。鉈で斬った感覚も合わせて、まるで餅巾着もちきんちゃくか何かの様だった。いくら切れ味のいい新品の鉈だとしても、明らかに違和感が先行する触感だ。

「これは何だ……? 本当にゾンビなのか?」

 彼は自分が何をしているのか、何をどうしたのか疑問に思いつつ、再び同僚を沼に沈めた。


 しかし彼の心に安寧あんねいは訪れなかった。そのまた翌週、彼が街中を歩いているとまた山中の沼の噂話が聞こえて来た。曰く、数日前にゾンビを見かけたとの事だ。

 彼の同僚は月曜ごとにゾンビとして蘇っている。

 彼は週が明けて同僚を殺し、週が明けて同僚を殺し、週が明けて同僚を殺した。

 最早何が現実に起こっているのか、何が現実なのか分からずに、彼は月曜毎に同僚を殺している。月曜日に同僚を殺し、月曜日に同僚を殺し続けている。


 田舎町の通学路、人より動物の方がはるかに多いような道で二人の男子学生が通学しながら愚にもつかない話をしていた。

「なあ聞いた? あの山、出るとか出ないとか言われているらしけど、なんとすごい証言があったんだよ!」

「何言ってるんだ、お前? ゾンビっぽい人影の次は何だ? 太った蛇を見て、ツチノコとでも呼んでるのか? ただの人間を天使か妖怪とでも評したか?」

 受け手側の男子学生は始終冷めた態度で相手の話を受け流している。話題には付き合ってやるが、自分は噂話うわさばなしやオカルトは絶対信用しないと言った態度が見て取れた。

「違う違う、そうじゃない! 今度の今度は本当に本当なんだって! 今度ばっかりは目撃談だけとかじゃなく、根拠こんきょがあるんだよ!」

 受け手側の男子学生の態度なぞどこ吹く風と、怪しい話を提供している方の男子学生はますます熱を帯びて話を続けた。

「はあ……ピンクの象に空飛ぶブタ、全身透明のピンク色のユニコーンよりも現実味がある垂れ込みだといいな」

 いぶかしんだ態度を続ける男子学生に、怪しい話を提供している方の男子学生は、手の甲と手の平を合わせて指が十本あるジェスチャーをしながら自信満々で言った。

「それなんだけどよ、あの山には昔、キツネのバケモノが居たんだってよ、尻尾が九本ある狐! それの死体がある場所には有毒ガスが噴出ふんしゅつする様になって、そのガスを吸うと幻覚とか幻聴に襲われる様になるんだってさ」

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