第二百七十五夜『私の恋、彼の憎悪-No Rest for the Wicked-』

2023/03/09「晴れ」「ファミコン」「真の脇役」ジャンルは「純愛モノ」


 私には、大っぴらに言い難い憧れの人が居た。別に道ならぬ恋と言う訳ではなく、私の愛の先はビデオゲームの登場人物に向いていたのだ。

 彼は頑張がんばり屋で、真面目で、お茶目でいて、それでいて報われないひとだった。彼の性根は善良な人間だっけど、彼の道行だとか人生はそれを許さず、嫉妬しっとられた周囲の人達によって裏切られ、決して心が晴れる事の無い、他者を傷つけるだけの悪人と成り果ててしまった。

 私は当初、彼の事が別に好きでも何でもなかった。しかし不謹慎ふきんしんと言うべきか、制作者の思惑にまんまとハマったと言うべきか、わざを成していたにも関わらず裏切られ、どん底の気分の中で悪の道へとズルズル歩んでいる、私は彼と言うキャラクターにすっかり夢中になってしまった。

 世の中には、恋をして愛する人のために戦って生きるヒーローが好きな人もたくさん居ると思う。しかし彼は違う、彼は全てに裏切られて完全に失望をしたと言うキャラクターデザインで、逆に言うと道半ばで命を落とした恋人や伴侶はんりょも必然居ない。この事実もまた、私の恋心を助長したのかも知れない。

 むしろ、ゲームの悪役にバックボーンや人生がある事に心かれたのかも知れない。私が知る中では悪役と言うのは大抵、深い理由が無く悪人であって悪事をしていて、悪役が悪人になるまでの追体験をさせられる作品に初めて触れたせいで、私はこうなったのかも知れない。

 モニターの向こうの架空かくうの人物に恋をするなんておかしいと言う人も居るかも知れないけど、この際そんなみみっちい事は気にしない。みんな大なり小なり架空の人物に憧れたり胸を熱くしているんだから、私がそうであっても何もずかしくない。

 だけど、私の頭か心のどこかで口で説明しがたい感覚がして、この事は周囲の人には正確に言えなかった。彼の様な悪役が好きな事ではない、悪役に恋いがれている事だ。

 コミカルだったりカリスマがあったりして悪役の方が好きな人が居るのは理解している、架空のキャラクターに恋している事を胸を張って言う人が居るのも理解している。だけど、悪役に恋をしていると言う事は何故だか口に出せなかった。

 或いは、私は彼に報われて欲しくなかったのかも知れない。報われてしまっては、彼のどん底の中で全てを憎むと言うキャラクターの根幹こんかんゆがみが生じてしまうし、もし仮に彼が報われている姿を見てしまったら、私は彼の事が好きでなくなってしまう気がする。

 結果、私は彼に対する恋心を自分の中に秘めておく事にした。彼の事が好きと言う同士も多いかも知れないが、彼に心から恋い焦がれていると言う事は口にすべきでないと私は結論を出した。つまり、お友達でいましょうと言う奴。

 私は彼が悪事に専念出来る様に、自分の本心を胸の内にしまっておいた。我ながら悪い女だ。

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