第二百七十二夜『おっぱいと血走った眼-Vamp of Vampire-』

2023/03/06「光」「告白」「危険な城」ジャンルは「王道ファンタジー」


 仮装大会のような様相を示している展示会で、俺の視線の先には煽情的せんじょうてきな衣装に身を包んだ女性が居た。何の仮装かは分からないが、獣の耳を着けていると言う事はギリシャか何処どこかの巫女がモチーフだろうか? いいや、そんな事はどうでもいい。陶磁器とうじきの様に綺麗きれいな肌に、今にも薄い衣装からこぼれてしまいそうな乳房にゅうぼうはリンゴと言うよりスイカの様! 目は釘付けになり、まるで目を離す事が出来ない!

「ふむ、あなたもあの女性が気になると?」

 気が付くと、俺のすぐとなりには知らない男が立っていた。この場にそぐう、ゴシックホラー調の紳士服に身を包み、胸からはプラスチック製の杭を生やしたドラキュラ伯爵はくしゃくだ。

「よだれ、垂れておるぞ」

「あ、いや、ありがとうございます」

 俺は余程マヌケな顔と仕草をしていたらしい。恐らくは、余りにもみにくいマヌケ面な物で、老婆心ないし悪戯心から忠告をしてくれたのだろう。

「見た所、御同輩ごどうはいと言う様子ではない……時にあれ、シリコンバストだな。血が通っていない」

「同輩? シリコン……?」

「作り物の、着脱式の胸と言う事だ。作り物の胸に関しても、着脱式やそうでない物がある。物によっては精巧に肉体そっくりにする手術もあるが、着脱式ではそうもいかない」

 ミスタードラキュラは俺に簡単に説明を、こんな物は常識に過ぎない。とでも言いたげな顔で行なった。いや、俺は夢を見たり買ったりながめたりするためにこのもよおし会場に足を運んだんだ! そんな夢の無い話を聞きに来たわけじゃないし、それにそもそも俺にとってあの乳房が作り物かどうかなんて、微塵みじんも興味がない!

「いや失礼、不興ふきょうを買う積もりは毛頭なかった。吾輩わがはいとしても、この様な目出度めでたい日で少々昂たかぶっていた様で……幾重にもびよう」

 ミスタードラキュラはそう言って、うやうやしくこうべを垂れて一礼した。うっせーバカ、こちとら非日常的な衣装の美女を網膜もうまくに焼き付ける作業に忙しいんだ、関わるんじゃねー!

 そう口に出さずに罵詈雑言ばりぞうごんを吐くが、ミスタードラキュラに構っている間に件の獣耳のおっぱい美女はどこかへ行ってしまった。畜生ちくしょう

「はあ……シリコンバストとやらに詳しいようですが、あなたは衣装作りか仮装の専門家か何かですか?」

 手持無沙汰てもちぶさたな事もあり、視線をミスタードラキュラに全くやらずに彼が喜びそうな話題を探る。こういう喋りたがりなやからは、自分の喋りたい事を喋っている間は大人しいものと相場が決まっている。

「いいえ、専門家と言えなくもないが、仮装や衣装のではない。実は吾輩、ご覧の通り吸血鬼と言う奴でな。今日は居城から、文字通り羽を伸ばしてここへと参った所だ」

 うんうん、そうだね。一目見た時から知ってた。向こうにはクモ男が居るし、あっちにはコウモリ男、その向こうには雷様と、虎模様とらもようのビキニ姿の鬼の女性も居るからな!

「あちらに居る虎模様のビキニ姿の女性は正真正銘しょうしんしょうめい本物のおっぱいだな。ビキニから見える素肌に血管が透けて見えて、実に食欲をそそる!」

 何を言っているんだ、このボンクラ吸血鬼は? あんな体格に恵まれていない、お世辞にも大きいと言えない乳房のどこが食欲をそそると言っているんだ……? いや、個人の嗜好しこうをとやかく言うのは良くない、これに関しては俺が悪い。

「あなたは、ああ言う女性が好みなのですか?」

「ああ! 健康的で、シリコンの様な混ざり気が無い! 今にもよだれがこぼれそうだ!」

 伯爵の言葉に嘘は無い様に見えた。もとい、その様に振舞っていた。伯爵はまるで、酷く酸っぱい漬物を見て興奮しているかのような顔をいているのだ。そのビキニ姿の貧相な体系の女性を見て、だが……

「その演技好きなんですね……ところであなたはどうやって乳房のシリコンの有無を見分けているのですか?」

「それは簡単に分かる、何せ吾輩は吸血鬼だからな。本物のおっぱいには血が通っている、見てみろあの青い静脈じょうみゃくの美味しそうな事! ここから匂いだけでも興奮が静まらぬ! ファッション目的のシリコン混じりでは、嫌なにおいがして食指が全く伸びぬ」

 どうやら伯爵様はこの演技を辞める積もりは全く無い様だ。俺はどう対応すべきか決めあぐねていたが、この場では相手の話に引き続き乗ってやる事にした。

「でもねえ伯爵、この会場はガラス張りのドアや窓だらけで日光が素通しですよ?」

「誰が吸血鬼はみな日光が弱点だと言った? それはのドラキュラの弱点であろう。ドラキュラ以前の吸血鬼、例えばカーミラは日光を弱点とせずに美女の血を好む。美女以外の血もかてにし、日光に弱いドラキュラと吾輩は違う」

 自称ドラキュラじゃない伯爵は胸を張ってそう言った。その様子はまるで、出来の悪い学生に対する呆れた教師の様で、はっきり言って俺は不快に思った。

「それはそれは、非才浅学寡聞ひさいせんがくかぶんにて存じませんでした」

 するとドラキュラじゃない伯爵は満足気に口角を上げた。ちょろいな、この吸血鬼。

「いやはや! わかってくれれば、それでいい。時に、こうして君に話しかけたのはおっぱいに浮かぶ血管の良し悪しについて嗜好が合うならば、君に吾輩の血を与えて同族にしようかと……」

「結構です!」

 俺は雷に打たれたかのように、その場から全力で全力でく駆け逃げた。

 俺は巨乳が好きなんだ。ドラキュラだかカーミラだか知らないが、アイツの言う事が確かなら、吸血鬼は男女を問わず巨乳より貧乳が好きだと言う事になる。誰が好き好んで、そんな巨乳が嫌いなバケモノになってやるものか。

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