第二百七十一夜『一寸先は……-Baldr-』

2023/03/05「黄色」「カブトムシ」「荒ぶる運命」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 桃に似た綺麗な花が咲く街路樹が並ぶ歩道での出来事だった。

「ああ、クソッ! ヒールが折れたっ!」

 リセ・カプセルと言う女性が居た。今しがた彼女は地面にほどこされた点字ブロックに足を取られてヒールを折ってしまったところだ、尋常じんじょうでなく器用な事だ。

 彼女は生まれてこの方、点字ブロックに対していい思いが一度も無かった。スーツケースを運べば点字ブロックに足を取られてキャスターが取れる、自転車を運転している際にはタイヤを取られて横転する。

 かと言って、それを他人に話しても共感を得る事は無かった。点字ブロックごときでそんな事になる訳ないだろうだの、そもそも点字ブロックの上にスーツケースや自転車を走らせるのはめられた事ではないだのと、逆にリセの方が責められてしまう。

 彼女にとってこんなつまらない事が有るだろうか? 自分は何故だか点字ブロックにれると災難に見舞われるのだ、しかし周囲の人間はそんな事は全くないし、しかも悪いのはリセの方だと言われてしまうのだ。彼女にとっては誠に面白くない。

「点字ブロックなんて全撤去ぜんてっきょされてしまえ! こんな物が必要な人間も全員死んでしまえ!」

 彼女がその様な叫び声を挙げたのも、それなりの理由があった。しかしリセ・カプセルは尋常で無い点字ブロックと相性が悪い人間なのだ、結論としてその様な事は全く言うべきでなかった。

 リセの顔にカブトムシが飛んで来た。リセは思わずよろめき、これを払い除けようとした。

 するとカラスがカブトムシをついばもうとリセの顔に向って飛んで来た。余談であるが、カラスはカブトムシの頭部を残して捕食すると言う俗説こそあるが、その瞬間しゅんかんを目撃した観察者は居ない。リセ・カプセルの顔面が舞台でさえなければ、これは学術的に非常に貴重な世紀の瞬間だったと言えよう。

 カラスのくちばしが自分の顔をおそう形になったのだ、もうリセは恐慌きょうこう状態だ。もうやたらめったらに、手ごろな枝でカブトムシとカラスを払い除けようとするが、結果としてこれが益々ますます良くなかった。

 リセは枝を振り回し、カブトムシとカラスを追い払えた。これで一安心だと手の甲で目をぬぐったが、これもまた良くなかった。彼女が咄嗟とっさに掴んだこの枝、キョウチクトウと言う毒樹であり、枝が毒、飲めば毒、れれば毒、染みれば毒、毒々尽くしの毒々植物なのである。

 顔が痛い、手が痛い、まぶたが痛い。これはカブトムシやカラスにおそわれて、節くれた木の枝を強く握ったのだから理解は及ぶ。しかし手や瞼や眼球の痛みが尋常でなく、燃える様に痛むのだ。涙で前は見えないし、眩暈めまいがするし、眼球が球状でなくなった様にまばたきをする事すら難しい!

「クソ、気分が悪い……誰か助けて!」

 しかし不幸は続く物。点字ブロックと関わって不運になる事しかなかった彼女の近くには、言うまでも無く彼女を助ける人など居なかった。

 痛みで涙が止まらないし、眼球の様子はおかしいし、まるで目の前が見えない。こういった時どうすれば、リセの知識には全く無い。それに加えて、今の彼女は眩暈や痛みで正常な判断が出来る状態ではなかった。

 リセはフラフラとした情けない足取りで、助けを求めて歩き始めた。彼女は点字ブロックが全く読めないし、読む気も更々さらさら無い。彼女はフラフラと車道の方へ歩いて行った。そしてその先には猛スピードの大型車両が……

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