第二百七十夜『存外な治療法-goblin Marketing-』

2023/03/04「地獄」「目薬」「壊れた可能性」ジャンルは「大衆小説」


 地平線の先まで続く赤い大地を、ほろ付きの車が進んでいた。車を運転しているのは短筒たんづつを下げた男、その隣には歩兵用の剣をいた女性が乗っていた。

「毎度の事だけど、商売って本当に訳分からないね。赤カブとニンニクが法外な値段で売れるだなんて……何が高騰こうとうして何時値崩れするか予想もつかない」

「それに関しては俺もそう思っているよ。ただまあ、ユウは物事を深く難しく考え過ぎているだけだよ。基本的に、相手が欲しがっている物を高く売ればいいってだけの話だからね」

 剣を佩いた女性のぼやきに、短筒男は運転をしたまま受け応える。

「でも何だって、その人達は赤カブとニンニクを欲しがってるの? 普通に食べる分には栽培さいばいすればいいし、不作だったとしても主食じゃないから無くても死んだりはしないのに……」

「その事なんだが、厳密に言うと俺にも全く見当がつかない」

「嘘! ユリウスは何でも知ってるし、ユリウスは仮に知らない事に挑戦するとしても、じっくり調査をしたから挑むんじゃない!」

 剣を佩いた女性は、相方の言葉に電流が流れたかの様に低めな全身を跳ねさせながら驚いた様子で言った。

「厳密に言うと知らないってのは本当だ。一応事の経緯は知っているし、ニンニクが流行っている理由も目星は付いている、例えばニンニクは滅菌作用や悪霊除けの効果があるとかさ。ただ、なんで赤カブの需要じゅようがあるかはよく知らないんだ。ローカルな言い伝えか習慣に因るところなんじゃないかな? とにかく俺の知っている中には、赤カブに関するそれらしい伝承とか民話は無い」

「んー、赤カブとニンニクが好きな人達が転売か何かで困ったとか……?」

 ああでもない、こうでもないと頭をひねる剣を佩いた女性に対し、短筒男はしびれを切らした様と言うべきか、もしくは根負けしたかの様に口を開く。

「実はこれから行く地域には、何とか言う活動家が信徒を得ているらしい」

「信徒を得ている活動家って、それカルト教団?」

「何とも言いがたい。本来カルトってのは異端いたんとか礼拝って意味合いで、宗教的概念しゅうきょうてきがいねんを含まないと定義から外れるとか、宗教的概念の有無は関係無いとも言われているからね」

「それって結局カルトなのでは?」

 短筒男は、剣を佩いた女性の言葉に黙ってしまった。

「……いや、カルトかカルトじゃないかはどうでもいい。そこに資料と、詳細をまとめたメモが」

「自分で読みたくないから説明して? 得意でしょ」

 剣を佩いた女性の要求に、短筒男は満更まんざらでもない態度で鼻を鳴らした。

「ビシャモン・クローバーと言う運動家、こいつがここ数年の予防接種のせいで感染症にかかると言い張っている。感染症による混乱のどん底で、わらにもすがる思いって訳だな」

「……その感染症って潜伏期間がある病気だったりする?」

「大体五年から十五年程の潜伏期間があって、そのかん罹患者りかんしゃは全くの無自覚だって言われているね」

「その予防接種ってのは……」

「三年前から出回っているね」

「ダメじゃん!」

 素っ頓狂とんきょうな声を挙げて呆れ果てる剣を佩いた女性、短筒男は爆笑しながら運転を続けている。

「そうなんだ、ダメなんだよ!」

「それで、何で赤カブとニンニクが高騰してるの? まさか赤カブとニンニクが感染症の特効薬だって、そのカルトでは言われているの?」

 短筒男は笑うのを止めて、少々気恥ずかしそうな、興を削がれた様な顔をし、眉間みけんしわを寄せた。

「いやなんだ、人がコレから笑いどころを話そうとしている時に、それを先回りして話すのは行儀が悪いと思うぜ」

「いやいやいやいや! 病気に困ってる人には薬を売ろうよ! そんな火事場泥棒染みた事しちゃダメでしょ! もうヨクバリとかゴウツクバリとか、そう言う次元じゃないよ!」

 酷く興奮した様子の剣を佩いた女性に、短筒男はなだめる口調で応える。

「まあ待て、俺は赤カブとニンニクを欲しがっているけど買えない人に割高で売ってあげるだけ、別にこれは医薬品ですとペテンや詐欺さぎを働く訳じゃない。もう一つ言うと、彼らは予防接種の受けたせいで感染症に罹患したと言い張っているんだ、薬を売りつけたとしても、これを正直に飲むとは到底思えない。きっと『これは水虫の薬だから、絶対に点眼てんがんしないで下さいね』って説明したら、またたく間に失明するぜ?」

 短筒男の説明に、剣を佩いた女性は納得こそしてないが、代案が出せないから黙り込むしかないと言った様子で座り込んだ。しかし到底納得できない様で、座したままブツブツと口の中で唱えている。

「ところで、その予防接種のせいで広まった感染症って何なの? うんう、その話で予防接種が原因で広まった物じゃないってのは分かってる、一応ね」

「ああ、後天性免疫不全症候群こうてんせいめんえきふぜんしょうこうぐん、通称エイズだよ。やっこさんら、本気でエイズが広まるのは昨日今日やった注射が原因だって信じて演説をしているらしい。俺は小学校で習った事だが、やっこさんらが信じている真実ってのは何とも病的だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る