第二百六十九夜『裸で銃を持たざる男-FREEZE!-』

2023/03/04「天使」「窓」「家の中の山田くん」ジャンルは「大衆小説」


「クソ! たのまれたらどんな依頼にも応えると言ったのに、あの大嘘吐き共め! 死んでしまえ!!」

 部屋の中に一人の男が居た。彼の手には握り潰された名刺があり、名刺には暗殺事務所と記してあった。

「殺しを請け負う気が無いなら名刺なんて配るんじゃない! 何で俺の依頼は断られる!? 殺されたいのか!?」

 男は剣呑けんのんな言葉を吐きつつ、名刺を床に叩きつけた。


 事の経緯はこうだ。男は今そこで電源が点いている端末である芸能人の陰口を叩き、そして悪行を暴くと宣言をした。それを面白がってはやし立てる人は少なからずいたが、その中には当の名指しされた芸能人その人も居た。

 芸能人の方は挑発する様に「怖い、怖い」と口にするだけだったが、男の方はまんまと挑発に乗ってしまった。一言目には、この野郎! 二言目には、ぶっ殺す! 三四さんしが無くて五に、殺す! と、栄養失調気味な語彙力ごいりょくによる罵詈雑言ばりぞうごんのオンパレードである。

 それだけならば、当の芸能人は取るに足らないつまらぬ小物と無視しただろう。しかし周囲の野次馬が、男にそれを言ってしまう。

『お前はつまらぬ人間で、やる事す事口ばかり。おっかさんのお腹から、口から出て来た、それはいい。けれどもお前はオツムが無い、ついでに自分で立つ事ままならぬ。行動力が無ければ意欲も無い、ママが居なけりゃ何も無い!』

 本当の意味で男に味方は一人も居なかったが、男は野次馬は皆自分の味方と思っており、自分を批判したりいさめる人間は敵だと認識していた。故に過熱し易く、暴走し易く、反省を知らぬ性分であった。

 そこで男がとった行動は脅迫きょうはくだった。

『あいつは家族もあるし、取引に応じる気が無い様だから家族にドンドン危害を加えて行こう』

『お前らは忘れているかもしれないが、俺はそれが出来る過激派とコネクションのあるプロ市民だ。要求を飲まなければ殺しの手を差し向ける用意も有る』

『罪人は刑務所に入れて殺してしまえばいい。いや、俺が人知れず後ろから金属バットで殴って天国へ連れて行ってやる』

『これ以上無視を決め込むようなら、背中に彫り物がある兄さん達五人連れて職住に押しかけてやろう』

 自分には味方が大勢居ると気が大きくなり、ソーシャルネットサービス上に書き込んだ。つまりは企業の広告の隣に殺害予告の数々が名前付きで並んでいる形となる。これには野次馬達も大喜びを超えて、ドン引きだ。それでも野次馬の何割かは野次馬としてのほこりを誇示こじするかの様に、証拠写真を撮って警察に垂れ込んだ。


 そして時間は冒頭に戻る。男が意気揚々と言っていた、殺してやる! と言う世迷い事は、自分は殺し屋の名刺を持っていると言う意味だったのである。

 しかしこの暗殺者の組合、上げ足を取るならばペテン師の集りなのである。

 通常暗殺者だろうがカタギだろうが人を殺したらタダでは済まない。そんな人間は法治国家では許されないし、法的自然状態ならばもっと許されない。法律が無い場所で人殺しが往来を我が物顔で歩いていたら、それは私刑で拘束されるなり殺されるだろう。

 故にこの暗殺者組合なる存在の実態は、敵討かたきうち代行組合である。自分の権利が酷く侵害されているから殺したいが、自分では敵討ち出来ないから殺して欲しいと言う声に応えるのである。何せ敵討ちは古今東西を問わず美徳とされているのだ、美徳にならない様な事をしては後ろ指を指されるし、そもそも組合など作れる筈もない。

 そんな実態も知らず、請け負われる事も無く男は暗殺者組合に連絡するが、勿論誰も取り合わない。当の暗殺者達も、気狂いの狂言に付き合って逮捕されたい奇特な人間など存在しない。

 そしてもう一つ、男が過熱してあせっているのは暗殺者組合の誰もが仕事を受けないと言うだけが理由ではない。件の芸能人が警察に相談したと発言しており、野次馬達も通報したと報告を次々しているせいで、男は心穏やかでなくなったのだ。

「くそくそくそっ! 俺はネットで発信しただけだぞ! 事実こうして殺し屋を実際に差し向けたりはしてない! 大丈夫だ、俺は捕まったりなんかしない……」

 その時である。男の家の戸を叩く音がしたかと思うと、窓を割る様な破砕音がして拳銃を構えた警察官が数名雪崩なだれ込んで来たではないか!

「山田砂馬月さばつきだな? お前を脅迫、恐喝きょうかつ、並びに威力業務妨害の疑いで逮捕する!」

 これには男も目を白黒するばかり、しかし警察が拳銃を構えた状態で乗り込むだなんて聞いた事が無い。こいつらには常識と言う物が無いのだろうか? と、男はそうすくむ脳味噌の中で考えた。

「俺は言う事を聞かなかったら殺すって言っただけだぞ! 何もしてないし、言っただけだ! それだってのにお前らおまわりは俺に銃を向けるってのかよ!?」

「うるさい、お前に対しては有事の際には発砲許可も出ている。抵抗する気なら撃つぞ!」

 そう言われては仕方が無い、男は仕方が無しに警察達に連行され、そしてこう考えた。

(全く、なんて野蛮で他人の話を聞かない邪悪な連中なんだ!)

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