第二百六十八夜『まだ死んでません-Undead-』

2023/03/03「海」「息」「家の中のカエル」ジャンルは「大衆小説」


 親友のクリスが死んだ。

 葬式そうしきは無事終わり、無事に埋葬された。最近ここらへんでは火葬した上で海に遺灰をく方法が見られたが、クリスの葬式は昔ながらのやり方で行なわれた。

 彼は生前、吸血鬼や生けるしかばねの伝承や、誤診ごしんによる生き埋めの話に関心を抱き、同時にそれらを大いに怖がっていた。その怖がりかたたるや、眠る際には必ず枕元に『死んでません』とメモを置いてある程だった。

 そのせいもあって、クリスが亡くなったと聞いた時は信じられなかったし、心穏やかで全くいられなかった。だってついこの間までごく普通に談笑をしている仲だったのだ、心穏やかでいられる訳が無いし、信じる事が全く出来ない。

 そう彼の事をいたみながら自宅に帰ると、なんとクリスがテーブルに着いていた!

「ク、クリス?」

 クリスは何も言わない、葬式の時と同様の表情のまま動かない。一つ葬式の時の彼と違う事は、『死んでません』と書かれたメモを胸の前にかかげている事だ。

 俺は体中から汗が吹き出し、悪寒が身体中を走るのを感じた。息は荒くれ、全力疾走ぜんりょくしっそうをしたかの様に疲労感が全身をさいなみ、頭はマトモな思考を拒絶きょぜつしている。

 親友のクリスが死んでいないと主張しながら、墓の中から帰って来た! 非現実が現実におおい被さり、クリスの主張はクリスの恐れたフィクションに乗っ取られ、死んでいないと主張する死者になって帰って来たのだ!

「本当にクリスなのか……?」

 クリスは何も言わない、今のクリスはまさしく死体だった。触ってみると硬く、冷たく、今しがた墓を暴かれたかの触り心地だ。

 しかし、俺の脳裏にはある懸念けねんが居座っていた。今クリスはどう見ても死んでいるが、実は生きているのではなかろうか? 生前に生き埋めを死ぬ程怖がっていたクリスは、実は生きていて生き埋めされたのではなかろうか? そして今、こうして生き埋めにされてしまったが、実際は眠っているだけで死んでいないのではないだろうか?

 俺は頭の整理がつかず、混乱していた。生き埋めになった人間は自力で友人宅を訪ねて来るのか? 誰かが生きているクリスを救出したのか? そもそもクリスは生きているのか、死んでいるのか?

 俺は今一度クリスの腕を触ってみた。脈は無い、恐らく死んでいる。クリスは死体だ、生きてはいない。

 俺は警察か何かに連絡をしようとしたが、思いとどまった。死体が勝手に自宅に乗り込んでいたんです! とでも通報したら、俺の方が状況証拠で犯人にされてしまうかも知れないし、犯人だと誤認されずとも重要参考人として拘束されてしまうのではなかろうか?

 俺は電話の受話器を置き、クリスを再びあるべき場所へ独力で戻すべく、車のキーを手に取り、クリスの死体を持ち上げた。


 結論から言うと、クリスの墓は暴かれていた。棺こそ無事だったが、周囲の土はき散らされ、まるで中からクリスの死体が自力で起き上がったかの様な形跡けいせきが見られた。

 クリスは独りでに起き上がり、土を押しのけ、俺の家まで歩いて来たのではなかろうか?

 俺はそんな考えを払いのけ、クリスを棺に納めて土に埋めた。自宅には丁度いいシャベルがあったので、この作業自体は可能な範疇はんちゅうだった。

 これでいい。自宅に友人の死体がある等と誰かに知られたら、周囲から墓を暴いたと思われてしまう。友人の死に頭がおかしくなり、墓荒らしに手を染めた男とでも新聞にすっぱ抜かれる……そんな自分の写真を想像して、客観的に言って俺は頭の可笑しい容疑者としか思えず、俺は俺が嫌になった。

 そう考えが頭に浮かんでは消えつつ、家に帰るとなんとクリスが自宅のテーブルに着いていた!

「ク、クリス!?」

 もう俺は混乱しきっていた、半狂乱と言ってもいい。驚きの余り腰は抜け、震えが止まらず、脳裏には意味をなさない考えの数々が駆け回った。

『死んでません』

 クリスは何も言わない、ただ胸の前にメモを掲げているだけで完全に死んでいる。

 俺は、俺の頭がおかしくなったのだと感じた。いや、おかしいのはクリスか? 俺の頭がおかしくなったのか? クリスは死んでいる、死んでないなんてのは寝言に過ぎない!

 俺は拳銃を抜き、クリスの頭を撃ち抜き、そして自分の口腔こうくうに銃身を差し込んで引き金を引いた。


 その日の翌日、警察は墓荒らしを行なった犯人が自殺をしていると言う名目で捜査そうさをしていた。何せ墓を暴いた上に死体を撃ったのだ、犯人の有罪は間違いようが無い。

 しかし警察は、わざわざ墓を暴いた上に死体を撃ってから自殺した理由は理解し兼ね、私怨による物であると断定した。

 何せ誰の目から見ても、犯人が墓を暴いた事は明確なのだ。死人に事情聴取じじょうちょうしゅをする事なんて出来ないのだから、それ以外に判断のしようが無いと言う物だ。

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