第二百七十三夜『コロコロと転がる……-strike on-』

2023/03/07「音」「サボテン」「ゆがんだ枝」ジャンルは「学園モノ」


 強烈な破砕音はさいおんが小学校の校庭に聞こえた。サッカーに興じる阿宮あぐ律羽りつは少年がやらかしたのだ。

 この律羽少年、サッカーが大好きで試合や練習を重ねているものの、これが全くの下手の横好き。シュートを決めようとしてゴールポストのはるか上に飛ばすのは序の口、パスをしようとすれば目標の二時や十時の方向へ蹴っ飛ばすし、ボールをパスされたら思わず蹴っ飛ばしてしまうと言うポンコツさ。強いて言うなら足の速さとスタミナばかりは優秀で、球技とチームプレイがなっていないのである。

 そんな律羽少年なのだが、思わず飛んで来たボールを蹴っ飛ばしてしまい、その結果丸サボテンが入っていた植木鉢にボールが直撃してしまったのである。

 律羽少年にとって困った事に、周囲には目撃者が多く、ついでに彼の運動音痴ぶりは周知の事実であった。ここで知らぬ存ぜぬを決め込んで走って逃げたとしても、阿宮律羽がサボテンの鉢を叩き割った下手人だと声高に告発される、悪事千里を走ると言う奴である。

 結果として律羽少年は素直に植木鉢を割った犯人だと職員室に名乗り出て、大好きなサッカーの時間を返上して清掃に努める事となった。


 これは律羽少年にとっては特別な一日でも、そして最低の一日でもなかった。つまり彼がこの様なドジをむ事はよくある事で、つぐないをさせられるのも度々であった。

 律羽少年は最悪でこそないが、自分の失態しったいはじに思って落ち込んだ気分で人目をけてひとりで帰路にいていた。

「はあ……どんな時も、どんなボールでも、思ったようにシュートを決められる、コントロールが完璧な、すごいストライカーになりたいな……」

「なれますよ」

 落ち込んで地面を見ながら歩いていた律羽少年は、不意に声をかけられて顔を上げた。するとそこには黒犬の被り物をした、スーツ姿の成人男性とおぼしき不審者が立っていた。

「あなた、何です? スポーツじゅくか何かの勧誘かんゆうですか? それに何ですか、その犬の頭は?」

 律羽少年がそう言って、いぶかしんだ様子で黒犬の被り物の男に質問をするが、彼は自分が疑われている事を気にせず友好的な態度で居た。

「習い事の勧誘ではないよ。それからこの頭は自前、私は悪魔だからね」

 黒犬の被り物をした男は友好的にそう言ったが、律羽少年は不審者を見る態度を改めない。何せ子供とは疑い深いのである、子供だましに引っかかってやるほどのかわいげなど皆無なのである、知らない大人にくれてやる愛嬌あいきょうなど絶無なのである。

「あっそ、それじゃあ僕急いでいるので」

「まあお待ちなさい、あなたは『どんな時も、どんなボールでも、思ったようにシュートを決められる、コントロールが完璧な、すごいストライカーになりたい』そう言いましたね。私はそれを叶えてあげます。無論、見返り無しで」

 そう言っても律羽少年は何の関心も示さない。知らない大人について言ってはいけないのである、何か貰うのもよくないと言われているのである、この地域の初等教育は完璧になされていると言える。

 律羽少年は黒犬の被り物をした悪魔を無視し、自宅へと帰った。悪夢は特に後をつけたり、付きまとったりはしなかった。


 翌日、律羽少年のクラスは体育の授業でサッカーの試合をする事になった。律羽少年のポジションはキーパー、走る事を得意として、サッカーが好きな彼にとっては窮屈きゅうくつなポジションだ。

 しかしその試合で思いもよらない事が起きた。サッカーの試合に参加している全員が律羽少年のキックを信用していない。全員と言うのは文字通り全員で、即ち彼自身も含まれる。

 その律羽少年がゴールキックをした際に、こちらのゴールからあちらのゴールへ綺麗きれいにアーチを描いてシュートが決まったのだ! これにはその場に居た全員が啞然あぜんとした。全員と言うのは、無論律羽本人もだ。

「どうしたんだよ、っちゃん! いつの間にそんな上手くなったんだ?」

「いや、毎日練習してたらやっと実を結んだよ」

 エースストライカーを見る目で詰め寄るクラスメイト達に対し、律羽少年は理屈の上では妥当だとうな返答をする。まさか悪魔に話しかけられたら上達したとは言えないし、この出まかせも理屈の上では何もおかしくないのだからクラスメイトも変な追及はして来なかった。


 時は移り、同日の昼休み。律羽少年の足元にドッジボール用のボールが転がって来た。

 律羽少年は特に何とも思わずにこれを蹴ったところ、綺ボールを先まで使っていた生徒の胸に吸い込まれる様に綺麗な弾道を示して飛んで行った。

 言うまでも無く、ドッジボール用のボールはサッカーボールとは勝手や触り心地が違う。故に同じように蹴っても、異なる飛び方をするのが普通である。


『どんな時も、どんなボールでも、思ったようにシュートを決められる、コントロールが完璧な、すごいストライカーになりたい』


 これはまさしく律羽少年が昨日願った通りであり、どんなボールでもと言うのは、サッカーボールだろうがサッカーボールでなくてもと言う事であった。

 この事に気が付いた律羽少年は嬉しさの余り、顔中に鳥肌が立つのを感じた。

 体育館で天井の枠組みに挟まったバレーボールを狙って手元のバレーボールを蹴ってみると、適切な角度のアーチと勢いでボールが飛んで行き、見事律羽少年の手元には回収されたバレーボールと今しがた使ったバレーボールとが落ちて来た。

 悪ふざけの際に枝にひっかかってしまった体操着入れを狙ってソフトボールを蹴ってみれば、見事枝の先端せんたんをへし折って体操着入れが帰って来た。

 律羽少年はもう完全に有頂天だった。

(僕はキックがルールにある球技なら何でも天才じゃないか! ボールと名の付く物なら何でも正確なコントロールと完璧なパワーのあるキックが入れられるんだ!)

 そう考えながら社会科の授業を受けると、教壇きょうだんの上にある物が目に入った。地球儀だ。

(地球儀も球と名前についてるし、キックをすれば思い通りに飛んで行くかな?)

 そう漠然ばくぜんと考えていたが、律羽少年はある事に思い至る。地球儀は地球をした物であり、即ち地球の模型である。そしてどんなボールも硬さや重さに関係無く思いのままに蹴り飛ばせるならば、無論地球儀も上手く行くだろう。

 

 律羽少年に、その思い付きを実行する気は無論無かった。しかし、彼はその気になれば自分は地球を思いのままに蹴っ飛ばす事が出来ると言う考えは頭から離れなかった。例えば海にしおの満ち引きがあるのは地球の衛星に月が存在するからだが、果たして地球がどこかに蹴っ飛ばされたら海はどうなる? 今より地球が太陽に近づいたり離れたら? 或いは、太陽系の外や他の星に行ってみたい! と、心の中で考えながら転んだりしたらどうなる? もしくは全部燃えてしまえ! と思わず口に出しながらそこら辺で地団太じだんだんだら?

 律羽少年の脳裏には、様々な形で地球が破滅をする様子が浮かんでは消えた。彼はボールを蹴る事が恐ろしくなり、歩く事が恐ろしくなり、立っている事が恐ろしくなり、そして遂には自殺してしまった。

 親や教師や友人達は、阿宮律羽が自殺した事が信じられず、大いになげいた。そんな中、彼の死体から非物質的な小さい物がコロコロと転がる様に地下へと浸透しんとうして落ちて行き、その様子を観てほくそ笑んで喜んでいる人物が一人居た。

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