第二百六十六夜『傷口を洗う-edge out-』

2023/02/28「台風」「少年」「燃える剣」ジャンルは「学園モノ」


 二人の青年が学校の理科室で、刃物を念入りに洗剤で洗っていた。時刻は夜中で辺りは暗く、草木も眠っていると言った様子だ。

「とにかく、普通に洗うだけじゃどうやっても血が着いたって事実は消せないんだ」

「でもよお、普通に洗うだけじゃダメなんだろ? どうすんだよ」

 二人は刃物を洗いながら剣呑けんのんな会話をしており、背が少し低い方の男は怪訝けげんそうな言い方で相方に疑問を投じた。

「血が着いた事実を消すには、それこそ鍛冶師がやる様に火の中に入れてきたえ直して血を原子レベルで排除しないといけないな。だが、こうやって酸素系の洗剤を使えば血液の成分を破壊出来るって寸法だ」

「なるほど、それでこうやって洗剤を用意していたのか。さすがだな!」

「まあな。ところでお前は武器軟膏ぶきなんこうって偽医療にせいりょうは知っているか?」

「いや、何だよそれ? 俺が知ってる訳無いだろ」

 そう不満そうな声で応える背が少し低い男に、のっぽの方の男は特に高揚こうようする事もいきどおる事も無く続けた。

「人を傷つけた刃に薬をると、薬効が向こうに伝わって傷口がふさがるって迷信だ。実際の所、そう言った途中経過を見る余裕がある様な症例は自然治癒ちゆで間に合う事が多かったから、結果としてその迷信は広まる事になったらしい。いわゆるプラシーボって奴だな」

「プラシーボ?」

 背が少し低い男はナイフを念入りに洗いながら、腑に落ちない様子でオウム返しに聞き返す。

「ゲン担ぎってところだな。わざと傷を創り、その治療にあてた包帯を地上に残しておきさえすれば、例え海上で嵐に見舞われても生還できるって迷信に発展したりもしたらしい」

「ふーん、意味が分からないな。ところで、何でそんな事を急に?」

「いや何、さっき突っかかって来たガキと揉み合いになった時、アイツの内股をサッと斬って逃げただろ? 酸素系とか何だろうが洗剤は洗剤だし、飲んだり傷口にかかったら健康被害を及ぼす様な成分だ。この場合はどっちになるんだろうな? って、ふと思ったのさ」

 のっぽの方の男はナイフをタオルで拭きあげて精査した。すっかり血痕が消え失せており、人を傷つけた武器とは思えない様な様相だった。

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