第二百六十五夜『名前の拠りどころ-ghosting-』

2023/02/27「来世」「犠牲」「残念な恩返し」ジャンルは「学園モノ」


 部屋の中で一人のイラストレーターらしき人物が死んでいた。

 そのイラストレーターらしき人物は今話題の渦中にある人物で、うらみを買ったのか、明らかに他殺としか思えない様子で死んでいた。

 今から記すのは、このイラストレーターらしき人物の死に関する真実だ。


「クソ! 何度やってもロゴみたいな模様が消えない!」

 全くイライラする、何度人工知能イラストレーターに出力させてもロゴの様な模様が出て来る。はっきり言って目障めざわりで仕方が無い。

「学習させた絵や写真が悪いのか? 間違ってサインや紋章もんしょうが入ったイラストを学習させちまったのか? こんなもんが入っているなんて、俺の絵として発表出来ない!」

 何度やっても、ロゴであったりサインであったりが生成される画像に出て来てしまう。これでは著作権侵害の証拠になってしまうではないか、本当に腹が立つ! こんなのは人工知能イラストレーターの使用者にとって、バグと言っても差し支えが無い! 人工知能イラストレーターの開発者はロゴやサインや署名を拾わない様にしつけをしてからリリースするべきだ!

「なんで世のイラストレーターはこんな邪魔くさい事をするんだ! 著作権なんざクソ喰らえだ! 何とかコレを解決する権利は……」

「ありますよ」

 急に横から声をして、俺はギョッとした。この部屋、いやこの家には現在俺しか居ない筈だ。

 声をした方を見ると、いつの間にやらスーツを着てメガネをかけた、典型的ビジネスマンみたいな姿の男が笑顔で俺の横に立っていた。

「あんたは誰だ? どこから入って来た? 警察を呼ばれたいのか!?」

 俺は自分でも声が震えている事が分かった。そりゃあそうだ、気が付いたら自室ですぐ隣に不審者が立っていたのだから、誰だってそうなる。

「申し遅れました、私こう言う者です。先程、表玄関を開けて参りました。警察を呼びたいならば、是非どうぞ。わたくしはそれでも構いません」

 謎の不審者は、俺に向って名刺を手渡して来た。彼が語る言葉は落ち着き払っており、ごく当たり前であって、何の焦りも感じられない。

「ええ、トラオオカミ……?」

わたくし虎狼痢コロリ毒座衛門ぶすざえもんと言う殺し屋を営んでいる者です。以後お見知りおきを」

「こ、殺し屋!?」

 嘘だろ? と喉の先まで出かかったが、俺は黙った。現に今こうして音も無く忍び寄って来て、営業トークをしている人間が殺し屋でなくて何だと言うんだ。

「そ、それで、その殺し屋さんが何の用なんですか?」

 俺はまだ学生で収入が無いし、それこそ殺し屋と話をする機会なんて無い。だけど想像してみて欲しい、殺し屋の名刺を貰った俺は殺し屋と知り合いなんだ、俺は殺し屋と顔見知りなんだぞー! と、そう吹聴ふいちょうすれば、俺に逆らう奴は出て来ないんじゃなかろうか?

「ええ、本日は営業へ参りました。あなたの様な方に地道に名前を売っておく事が私共わたくしどもにとっての仕事の基本ですゆえ

 これはいい! 俺は今、殺し屋を名乗る男と会話をしている! この男が本物の殺し屋でないとしても、今貰った名刺は真に迫る物なんだ、俺は殺し屋と知り合いになったのだ!

「でも俺、学生で金ありませんよ? それに殺し屋さんに頼む様な事だなんて……」

「いいえ、今日の所はお名前だけ覚えて頂ければ結構。と言いたいところですが、あなたの悩みを解決する方法がわたくしにはあります」

 殺し屋は笑顔を絶やさないまま、胸を張ってそう言った。

「あなた様は著作者人格権はご存知ですか?」

「じんかっけ……?」

「あなた様に簡単に言うと、イラストレーターの心を守る権利です。私のイラストを勝手に使われたくない、私のイラストを勝手に手を加えて欲しくない……そう言った権利を著作者人格権と言います」

 そんな事は言われなくても知っている! と言いたいところだったが、殺し屋の説明は丁度俺が噛み砕いて知りたいところで、そして俺の腑によく落ちた。

「その著作ナントカ権が何だって言うのですか?」

「厳密に言うと、著作者人格権は譲渡じょうとや相続する事が出来ません。著作者が死んでしまった場合も利益を保護されるのですが、これは逆に言ってしまえば『死をいたんでの方の絵をリスペクトした作品を描きました』等と言ってしまえばすり抜ける事が出来ます。死人に口なしと言う奴にございます」

 俺はようやく、殺し屋の言っている事が理解出来た。この男は俺に、イラストレーター本人を殺して口封じを行ない、人工知能産のイラストに対して異を唱える事を出来なくしてしまう様、営業をしに来たのだ!

 大きな汗がほおを伝った。俺は殺しを依頼できる訳が無いが、選択肢として殺しを依頼して誰からもとがめられる事無く、人工知能産のイラストを自分の物だと評して発表すると言う事が発生したのだ!

「いや、その、ありがたい申し出なのですが、今回は考えさせて下さい。頼む事があったら、また連絡します」

 うまくしゃべるのが難しい程に、心臓が早鐘を打っていた。俺が頼めば口うるさい輩を殺せる! そう思うと顔中に鳥肌が立つ様だった。

「ああそうそう、もう一つ別件が。あなた様が先日発表されたリアルな裸婦画らふがですが、大変素晴らしかったです。」

 俺は思わず頬がゆるんだ。知らない大人にめられるなんて初めてだ、本当に人工知能イラストレーターを使っていて良かった。

「ええ! あれは俺の最高傑作さいこうけっさくなんですよ!」

「あれも人工知能に描かせたのですか? 拝見したところ、実在のビデオや写真を学習させて、風景画や街並みの写真と一緒に出力させて、あたかも写真のモデルが街中で全裸になっている様なイラストを描かせた様ですが」

「ええ、その通りです!」

 俺は得意になって、頬を緩ませたままで殺し屋の言葉を肯定した。こんなに晴れ晴れとした気分は初めてだ。

「ええ、その件なのですが、写真のモデルの方に言われて参りました」

 瞬間、殺し屋の手首がひるがえったと思うと、俺は首を握られ、壁に押し付けられ、文字通り右の眼球の目の前に刃物を突きつけられていた。

「な、何を……?」

わたくし、そのイラストのモデルの方から依頼を受けてこの場へ参りました。依頼人曰く、自分をモデルに精巧な写真の様なイラストを、それも裸婦画を流布るふしたあなたを許せない。故にあなたを殺害して欲しいと、依頼をされたと言う訳です」

 そんなバカな話がある物か! 俺は人工知能にイラストを描かせただけだぞ! それで殺し屋に依頼をした? バカも休み休みにしろ!

「そんな事……法律が許さないぞ……それに俺は未成年だ……俺は法律で保護されているんだ……この人殺しめ……」

「ええ、そう仰ると思っていました。事実、あなたは自身をネット上で未成年だと言っている事もあり、あなたの事は許せないが裁判を起こしたとしても大した刑にはならず、少年院に入っても出て来て同じ事を繰り返す事は目に見えている。それ故私共わたくしども殺し屋の出番と言う訳です」

 ダメだ、コイツは気が狂っている。頼まれれば人殺しをするやからだし、依頼人の方も一時いっときの怒りで人を殺すよう依頼する気狂いだ。

「こんな事が許されると思うな……人の命は星より重いんだぞ……」

「何をおっしゃるのですか? あなたは依頼人の自由や幸せを奪ったんですよ? そもそも私共わたくしどもは頼まれれば何でも殺すと言う事はありません、殺し屋にも道理があって仕事を選ぶ権利がございます。あなたの様に、他人の権利や自由や幸せを何とも思わない人以外は殺しません。それに万が一そんな事をしてしまっては、組合や同業者から何をされるか分かりません」

 そう言って殺し屋は笑顔のまま、俺の眼球に向って有に顔の裏側まで届きそうな刃物を突き立てて、

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