第二百六十四夜『理想の自分-laminated-』

2023/02/26「人間」「テント」「増える小学校」ジャンルは「アクション」


 僕の小学校には、下駄箱げたばこの所に大きな鏡が二枚設置されている。

 深い意味があるかどうかは知らないけど、そのお陰で僕達は毎日合わせ鏡を見ない日は無い。そのお陰でうちの学校には合わせ鏡を特別な物として見る生徒は居なくて、いて言うなら下駄箱の合わせ鏡に関してうわさが作られる事がたまにある程度だ。


 日が沈みかけて空が赤い夕暮れになった頃の事だ、僕は忘れ物を取りに学校に向った。下駄箱の周りに誰も居ない事が何だか不思議で、空の色も相まって何だか悲しげな気分になった。

 周りに誰も居なくて、玄関から見える空が赤い事もあって、なんだか常日頃見慣れた筈の合わせ鏡が不気味に見えた。

 合わせ鏡をのぞき込む、無数の数の僕が鏡の中に居た。鏡に映った僕に向って右手を振った、鏡に映った僕は左手を振って応えた。どの僕もあまり嬉しそうな顔をしてはいなかった。


 忘れ物を教室で回収して、ついでに思う所があって屋上に上がる。屋上へのドアにはカギはかかってなかった、代わりにバカみたいに高いフェンスが屋上の四方を囲っている。

 話は変わるが、僕にはちょっとした夢があった。テレビでやっていた映画の様に、一度でいいから集合住宅や雑居ビルの屋上から屋上へと軽快に飛び駆け回ってみたい。

 だけど、僕にはその夢を叶えるために何をすればいいか具体的な想像が出来なかった。アメリカや中東に渡り住めばいいのだろうか? そういう事が出来るし許される場所もあるだろう、だけど建物や法律の整備がちゃんとされている場所だと、屋上から屋上へと跳ねて周る事は許されない気がする。アクション映画俳優にでもなるべきだろうか? いや、合成技術を使った撮影ばかりさせられて、実際は撮影セットのハリボテでジャンプをさせられる羽目になる気がする。バーチャルリアリティの開発者にでもなって、そう言ったソフトを開発すればいい? 問題外!

 それにそんな事をして、足をみ外したら大変だ。今年の夏、キャンプ中につまづいてひざを思いきり破いたけど、それだけでもすごく痛かったんだ。屋上からジャンプして足を踏み外したら、それ以上の大怪我をするに違いない。

 屋上で風に当たった後、学校からうちに帰るべく下駄箱へと向かう。合わせ鏡に映った無数の自分の姿はどれも、酷くしょぼくれて見えた。

「どれか一つでも嬉しそうな顔をしていればいいのに」

 鏡像は声を出さないが、さびしそうなうらめしそうな顔でこちらを見ていた。

 これがファンタジー作品なら鏡の中に別世界が合ったりするだろうし、ホラー作品でも鏡に映った自分が見ていない内に恐ろしい顔をして鏡の中に引きり込んだだろう。だけど現実にそんな事は起きない。


「鏡が見せてくれるのは現実と同じ物だってのに、見たい物を見せてくれる魔法の鏡なんてインチキだよな。おとぎ話なんていい加減で滅茶苦茶だ、そんな物が本当にあったら片っ端から叩き割ってやる」

 そう言って、忘れ物をした少年はつまらなさそうな表情のままで校舎入口を後にした。合わせ鏡の中の少年は、何だか安堵あんどした様な表情と動作をしていた。

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