第二百六十夜『ただひたすらに手袋を……-invisible hand-』

2023/02/21「過去」「破壊」「恐怖の城」ジャンルは「ミステリー」


 地獄じごくの様な暑さの夏の日中、二人の青年が山の中、ただひたすらに手袋てぶくろを落としては歩き、手袋を落としては歩き、一定の距離きょり毎と言う訳でも無く不規則かつある程度の距離を設けてルーチン作業を行っていた。

 手袋の中身はパンパンに張っていて、触覚から見るに土か何かが詰まっている様に感じられた。

「なあ、これって何の意味があるん……」

 青年の片割れがそう疑問を口にしたところ、もう一人の青年が手で口を塞いでさえぎった。

「しっ! この仕事をけ負った時に口約こうやくしただろ? 手袋を落とす事の意義を詮索せんさくするなと」

 相棒のその言葉、青年は眉間みけんしわを寄せて反論したがった。

「でもさあ、意味が分からないぜ……疑問に思うだけなら詮索にはならないよな? 詮索したり手袋を落として回る理由を知ると、バケモノでも出て来るのか?」

「いや、そんな事は無い」

「それじゃあ」

「バケモノよりももっと怖いし、もっと現実的な刺客がやって来てお前の人生を終わらせるぞ。具体的に言うと何が来るかは知らないが、俺に言わせれば候補は警察官けいさつかんやマフィアかヤクザか臓器ぞうきビジネスを営む人攫ひとさらいだと思う」

 相棒の言葉に青年は背筋がてついた様になり、黙って何の疑問も口にせずに従順にある程度以上の感覚で手袋を落とし始めた。


 渡された手袋を全て、指定した山に、手袋の中身を開いたりせずに、持ち帰ったり落とし忘れたりせずに、そして手袋落としの意味を理解したり詮索する事を一切せずに遂行すいこうしろ。

 それが、二人の青年が請け負った仕事の全貌ぜんぼうだった。全貌と言うには余りにも隠された情報が多いが、それが全貌と言う他無い。

 うわさによると、前任者の中には好奇心に負けて中身を見ようとした者は口封じに殺され、同じく好奇心に負けて手袋を持ち帰った者は投獄された上に獄中死したらしい、請け負った仕事を完遂出来なかった者はそのスジの人間に捕縛されて海の底へ投げ入れられたとも言われており、荒唐無稽こうとうむけいな物では指定されていない地で誤って手袋を落とした結果、土地神とか妖怪としか呼べない様なお化けに喰い殺されたとか噂されている。

 嘘か真か分からないが、一つ確かなのは言いつけを守れずに遂行できなかった場合は給金が発生しない事か。

 二人の青年はキツく言いつけられ、結果として依頼人の仕事を完遂した。ただ手袋を落として回っただけとは思えない、桁違けたちがいの給金だったが、恐らくこれは口止め料も込みの含む値段なのだろうな。と、二人は何となく感じ取った。


 手袋落としの依頼を完遂した二人は車に乗って帰路に就いていた。

「なあ、結局あのバイト何だったんだ? 目星がついているんだよな?」

「俺は何も知らない。何も知らないし。今から話す事は全く関係無い話なんだが……ああ言った毛糸でまれた手袋って、管理が悪いとカビが生えたり胞子や種子が生えたりするのよ」

「はあ……」

「これは飽くまで例え話なんだが、仮に手袋に植物の種と土を入れといたら、手袋を破いたら中から種子がこぼれるのが見えるだろうな」

「まあ確かに、そうなるな」

「ところで明日からしばら豪雨ごううだそうだ、一週間ずっと雨模様あめもようだって話だ」

「ほうほう、それで?」

「ところでお前さ、仮に俺が麻薬を持っていたらどうする? 麻薬じゃなくて麻薬の材料って仮定で」

「くれ! 売る! 飲む! 打つ! 買う! 殺してでも奪いとる! そいつを寄越せ! 俺は金持ちになるんだ!」

「俺がお前だったら、サツに密告するけどな。バレバレで怪しい奴が居ます! って」

「何それ、ひどくない?」

「まあそう言うな。とにかくクスリの材料なんて持ってないし、知らないって事が重要なんだ」

「なるほどなー、親しき中にも礼儀れいぎありって奴か!」

「ああ、もしも俺が礼儀知らずのバイト君に舐められたら、それこそ露見ろけんしない様に消すか、或いは合法的にサツに突き出す」

「うわ、こわ。それで、その例え話が何だってのさ?」

「いや何、俺達は手袋を落として回っただけで何も知らないって話だ。あの雇い主様は怖いように見えて、従業員の身の安全を第一に考えてくれるクリーン企業だったって事になるな」

 運転をしていた青年は、そう言いながら前方に居る警察官の制止を聞き入れて停車した。

 何せ彼らは、今日は何も悪い事などしてないし、何も知らないのだ。噂に有る様に、怖いお巡りさんに捕まる様な事は今日の所はしていない。していないのだから、捕まる事も無かった。

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