第二百五十八夜『古い土の中から見つかった物-kick us-』

2023/02/19「土」「鞠」「ゆがんだ剣」ジャンルは「悲恋」


 その国の市内には地下鉄が少ない。何せ地下を掘れば、石を投げれば犬に当たる程度の頻度ひんどで地下古代遺跡に衝突しょうとつしてしまうのだ。

 ある日、調査員が地下深くを探査しているとある物を見つけた、ボールだ。

 別に古代人が球技をしていると考えれば、それは何もおかしくない。しかしこの発見は各方面に驚愕きょうがくや珍説の数々をもたらした。何せ現代のデザインのサッカーボールだったのだ。

 これは明らかにおかしい、何せサッカーボールが白と黒で構築されているのはテレビジョンの発明と普及に因る物で、それ以前は茶色一色が一般的であった。つまり、この古代地下遺跡の住民はテレビを利用しており、現代人と同じ感性でサッカーを観たりプレーしていた事になる。

 無論、どこからともかく現代のサッカーボールがまぎれ込んで来た可能性もある。しかしサッカーボールに描かれていたロゴは現存するどこの企業の物でも無かった。これは即ち、古代人の手に因る物か、余程手の込んだ悪戯いたずらでなければあり得ない。

 その為にも考古学者が綿密に精密な測定を行っており、調査員もサッカーボールがあったのは必然か偶然かを見定めるために更なる探査を行っている。

 さて、このサッカーボールの存在は考古学者達の頭を大いに悩ませた。通常であればサッカーボールなんて物が遺跡から出土しても、現代人の悪戯だと一蹴いっしゅうするだろう。しかし調査員の報告によれば周囲の遺跡はまるで手付かず、そんな空間にサッカーボールが一つだけ紛れ込んだと考えなければ説明がつかない。

 しかもこのサッカーボールには謎のロゴが描かれており、そもそもこのサッカーボール自体が古代の物と言っても通じそうな程に古ぼけている。

 しかしサッカーボールが何千年も形を保っている事など、にわかには信じられない。現代の理屈ならば、一昔前のサッカーボールは革製品、出土しても綺麗きれいに形を保っている訳が無いのだ。仮に有機物じゃない物で出来ていたとしても、金属だって劣化する。同じ時代の垢すりや剣も劣化しきっていて、正しく復元できているかどうか調べるのも考古学者が居なければ難しい。

 そんなこんなで研究室の中では古代人はテレビを持っていた説、サッカーボールは悪戯で作られて持ち込まれた説、古代人がサッカーボールを何故か作った説、中にはサッカーボールがタイムスリップして古代へ飛ばされた説なんてものまでもが喧々諤々けんけんがくがく語られる事になった。

 研究所がこれなので、調査員の方も大騒ぎだ。何とかして悪戯だと言う証拠や糸口、古代テレビや古代サッカーに関する情報や足跡を探そうと血眼になった。しかし結果はなしつぶて、調べれば調べる程トンデモ説の影が濃くなっていった。


 時に、くだんのサッカーボールは研究室に鎮座ちんざしていた。

 これが個人的な研究の、厳重でもなければ重大でもない研究ならば、関係者の子供が出入りしてサッカーボールを持ち出して遊びだす事もあるかも知れない。

 しかしこれは世紀の大発見の、重大プロジェクトなのだ。故にサッカーボールは厳重に守られており、侵入者が気軽に手に取る事など出来はしない。

 関係者は壊れ物でも扱う様にうやうやしく、サッカーボールを観察したり精密検査していた。勿論蹴ったり投げたりヘディングやリフティングする等、絶対にしない。

 安置されているサッカーボールはまるで、誰か自分で遊んでくれないかな……と、そう言っている様だった。

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