第二百五十七夜『黄色い尻尾、黒い尻尾、茶色い尻尾-Mandela Effect-』

2023/02/18「森」「レモン」「魅惑的な子供時代」ジャンルは「ラブコメ」


 壁面にツタの這った、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中では、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿の従業員の青年とが居た。

 店内に客の姿は無く、閑古鳥かんこどりが鳴いている状態。店の隅にはテレビがいていて、二人は何と無しにそれを眺めている。

 今テレビはコマーシャルを流している。森や都市を舞台に、十歳程の子供達が手のひら大のカプセルを投げると、中から黄色いネズミ怪獣が登場すると言う内容のコマーシャルだ。

 ネズミ怪獣とは言う物の、その大きさはカピバラ程で、モンスターのデザインの雛形ひながたにされやすいラット類よりもハムスターに近い。しかしその体毛がヒヨコの様な黄色で現実のハムスターとは異なる外見なのは、架空のキャラクターらしさと言えるかも知れない。

「ねえカナエ、あの子だけど尻尾の根元の色って何色か知ってるかしら?」

 コマーシャルを見ながら、女主人が従業員の青年にそう話しかけた。

「え、あのモンスターの尻尾ですか? 普通に茶色じゃないんでしょうか? それとも何か、茶色じゃない答えがあるんでしょうか?」

「いいえ、カナエがそう思うならいいの。ただね、昔私の元に居た子が、尻尾の根元の色は黒に決まっている! って、そう言ってたのよ」

 女主人は言葉の前半を嬉しそうに、後半を遠い目でなつかしむ様に言った。

「昔居た人、ですか?」

「ええ、別に喧嘩けんかしたとかって訳じゃないんだけど、自らの足で私の元を去ってしまったわ。ふとあの子の事を思い出して、なんとなく口に出してしまったの」

 そう語る女主人の言葉は哀愁あいしゅうを帯びており、従業員の青年はその様子を見て何か胸騒ぎの様な居心地の悪さを覚えた。

愛音アイネさんにとって、その人は特別な人だったんですか?」

 従業員の青年が恐る恐る尋ねると、女主人はパッと電気が点いた様に明るくなって破顔した。

「いいえ、全然! だからカナエが尻尾は茶色って言った時は、なんだか嬉しくなったわ。だけど不思議よね、あの子の尻尾の根元は間違いなく茶色の筈なのに、何故だか一定数尻尾が黒いと誤認している人が居るなんて……きっと別の宇宙では尻尾の根元が黒い子達が暮らしていて、尻尾が黒いと主張する人達は何らかの手段でその知識を受信しているんじゃないかしら?」

「いやいや、何をおっしゃるんですか……別の宇宙から認識を受信ってどう言う理屈ですか?」

 そう愚につかぬ様な談笑をしていると、テレビのコマーシャルが終わってバラエティー番組が再び流れ始めた。

 バラエティー番組は伝言ゲームの結果をイラストに起こすゲームの引きでコマーシャルに入っており、コマーシャルが開けると同時に画家を本職にしているタレントが伝えられた情報を元に描いた絵をフリップで公開していた。

『違うんです! 僕は言われた通りに描いただけなんです! 情報がディスアドバンテージって言うか、今パチモンと言いましたか!? ちーがーいーまーすー! 僕の宇宙ではこの色で合ってるんですー!』

「あの、愛音さん……去ってしまった人って……」

「いいえ、違うわ」

 従業員の青年は苦笑いをし、女主人は笑いをこらえる様な仕草をした。

 どうやら人々の間で共有されている別の宇宙とやらの情報は、意外と存在する物らしい。

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