第二百三十七夜『憧れと無理解-have a crush on it-』

2023/01/26「台風」「魔女」「見えない流れ」ジャンルは「学園モノ」


 私の名前はスニーチ・ワロングボトム、職業は弁護士。よく言われるがスネーク・ロングボトムではないし、スニーク・ロングボトムでもない、スペルはSneech,Wrongbottom。珍しい名前なので間違われる事はしょっちゅうだが、各所で名前を間違って書かれるのは正直たまったものではない。

 今日も今日とて、いつものつまらない仕事を引き受けたところだ。はっきり言って、この手の弁護は私達の弁護士や司法の得意とするところであり、詳細を洗うまでもないと言ったところが私の本音だ。

 今回の要件は、映画やマンガのキャラクターにあこがれて犯罪を犯したと証言している人物の弁護。全くもってバカバカしい、だが今この国の司法ではそれが普通の事なのだ。

 私は創作物に悪影響を受けて、罪を犯しました。! そう言えば情緒酌量じょうちょしゃくりょうの余地ありと見做みなされ、大いに減刑されて執行猶予しっこうゆうよも付く。何故なら世論がそうだからだ。

 何故ならこの国では未成年ならフィクションのキャラクターであってもタバコは吸えない、そして喫煙行為をかっこよく描いた作品は青年でなければ買う事も観る事も許されない。何故なら世論がそうだからだ。

 この様な考えは世間にしっかり浸透しんとうしており、本を売った本屋が悪いだの、悪く言われる出版社が悪いだのと責める土壌どじょうが完成している。判例法の見地からしても、未成年と確認をおこたったタバコ屋が罰せられた過去もある。まるで罪を犯した本人は、台風の目の中にでも居る様だ!

 いよいよもってバカバカしい! 何故フィクションに影響されたからと言って減刑するのがまかり通るのか? 無論私は仕事だからこれを行なっている、仕事なのだから当たり前だ。

 そもそもフィクション全般が今ほど流通していなかった十七世紀の田舎でも、十一歳のガキが魔女の真似事をして問題になったが、言うまでもなくそのガキは映画やマンガの影響を受けて問題を起こした訳ではない。そもそもこの国で問題にされている種類のマンガの起源は一九三八年だし、映画がエジソンやルミエールやメリエスらによってこねくり始めたのも十九世紀末だ。全く、十七世紀のド田舎のガキをたぶらかすだなんて、映画やマンガは本当に罪深い存在と言わざるを得ない。

 何の生産性も無い皮肉を言うのは楽しいが、そんな事をしていてもらちは開かない。

 この様に人間は影響を受け易い生き物だと言うのは誰もが認めているところなのだ。そんなに影響を受け易い生物なのだと知れ渡っているのだから、信教の自由がどうだの何だの言い訳せず、道徳や哲学の教育と称して小学校で聖書を読ませればいい。善きサマリア人のたとえは良い、民族も信教も身分も関係なく善人ならば天国に行ける、無償の愛とは素晴らしい物である。司法の連中も認める屁理屈へりくつのっとって言うならば、善きサマリア人のたとえを読んだら天国行きが予約されている善人だらけになるに違いない。

 そう考えながら書類に目を通していると、ラジオの報道が耳に入って来た。

『本日十三時頃、都内で二十四歳の男性が刃物で通行人を切りつけた上で可燃液を撒いて放火しようとし、巡回中の警察官によって現行犯逮捕されました。被告は「我はメシア、この世界を粛清する」とソーシャルネットサービス上で犯行声明を行なっており……』

 どうやらダメな奴は何を観ても読んでもダメらしい。

 私は頭を抱えて、頭の中で築き上げた持論を放り投げた。

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