第二百三十六夜『聞いて地獄見て地獄-TESTMENT-』

2023/01/25「火」「犠牲」「輝くツンデレ」ジャンルは「ホラー」


 あなた、そこのあなたですよ。そこのあなた、あなた見たところ人待ちですね? いえ、仕草を見れば分かります。しきりに時間を確認しながらもじもじしているなんて、時限爆弾を使った爆弾魔か待ち合わせ以外にあり得ませんからね!

 ひまそうなあなたにちょっとお話したい事がありまして……

 すみません大将、何か飲み物を二杯とテキトーなオツマミを二皿お願いします。

 ええ、こちらは私からのおごりです。お気になさらず、あなた同業者ですよね? そう、私もいわゆる営業マンと言う奴です。そしてあなたは私の営業のターゲットからは外れた人間と、そうお見受けして話します……実は私、魂のバイヤーと言う奴です。

 いえいえ、そう身構えなさるな。私が取引を持ち掛けるのは、ちょっと背中を押せば堕落だらくしそうな人間だけ、あなたの様に悪い事が出来なさそうな、働く事を止めたら逆に神経衰弱しんけいすいじゃくになりそうな人間はハナからターゲットではございません。

 そうそう、私としても取って喰う積もりでないし、もっと言うと今の私は営業時間外。人間をおとしいれようだなんて露程つゆほども考えておりません。

 それより聞いて下さい、私は正直がモットーで最初に悪魔だと名乗って商談を始めるのですが、相手方さんはどうにも私の事を悪魔だからとハナから疑ってかかるのですよ。今も昔も悪魔は契約けいやくに忠実で正直なものだと説明するも、十中八九話を聞いてくれません。そんな契約を反故にしたり嘘をいたり、そんな人間みたいな事だなんて神にちかってやった事ないのに!

 いざ契約と書類を取り出すところまで持っていっても、言葉遣いが気に入らないらしくて契約を辞めるだなんて言いだす事も一度や二度ではありませんでした。甲や乙なんて知らないとか言われても分からないだなんて嘘ですよね? 小学校で習いませんか? そうですか、寡聞かぶんにして存じませんでした……そうか、甲乙は今や高等教育の範疇はんちゅうか……今度から契約書の甲乙は俺とお前とでも改めるべきでしょうか……

 いいえ、それよりも悪魔に対する偏見です! 勿論悪魔に対するイメージが悪い事に関しては、私としても悪い気はしません。でも私は別に契約をしたからには他人を殺せだの、罪の無い人から奪えだの、そう言った理外の契約なんてものは全く強制しないのですよ!

 私はただ、ちょっとだけ人生を怠惰たいだに過ごし、怠惰なまま人生を終える……そう言った契約を果たして欲しくて、その為にお金や地位を都合すると申しているのです。そうすれば相手方さんは無事に一生を怠惰に過ごし、無事に地獄へエスカレーターに乗るがごとく運ばれる訳でして、別に誰も傷つけようと言う営業内容はございません。

 ええ、あなたの言わんとしている事は分かります。ですがね、地獄の暮らしも良いものですよ? 私は地獄生まれの地獄生まれですが、仕事で人の世に来ている時以外は悠々ゆうゆうとした物です。なにせ目標はあっても、ノルマはありませんからね!

 いいえ、嘘ではありません、地獄の人間も大半は普通に暮らしていますよ。たまに生前すごい罪を犯した罪人が地獄で責め苦を味わっていますが、そもそも地獄の裁きつかさも暇ではありません。地獄によっては一瞬ボッと罪人を燃やして天国へ送る地獄も有りますが、とにかく地獄行きになるだけで特に延々と何も無く世界の終わりまで死後の人生を送る人。そんな死者の魂を作るのが、私の仕事なのでして……

 そうですか、あなたなら同調して頂けると思ったんですがね……ええ、私としても上司の命令に従っているだけなんですよ。

 まだ私が生まれるずっと前、地獄のプレジデントがこの事業を発足したのですよ。曰く、弟と親父の間違いを証明する為、俺が正しいと証明する為、天国よりも地獄に人間を栄えさせてみせる! と。

 私としても地獄に本当の人間の都を作る為、こうして地獄にせきを置く人間を増やそうと頑張っているのですが、悪魔ですが地獄で死後を過ごしませんか? と、声をかけても現代人は中々応じてくれません。

 人間の言葉を借りて言うならば、この世こそがまさに地獄ですよ。

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