第二百三十二夜『かそうのしぼうどうき-holocaust-』

2023/01/21「秋」「裏取引」「燃える大学」ジャンルは「指定なし」


 ある所にゴールド氏と言う男が居た。ゴールド氏は恰幅かっぷくが良いと言えば格好がつくが、その実自分一人の力で歩くのが難しい程の肥満体。その体重は二百キログラム以上あるとか、いいや五百ポンドあると聞いたとか、しかもその体重もブクブクとたくわえた脂肪に因る物だからすさまじい、これでは輝いているゴールド氏と言うより脂肪太りゴルド氏だ。

 そんなゴールド氏だが、自室にこもりっきりの生活をしているものの、その実彼の人生は充実していると言っても過言でなかった。一つ、彼は彼の家族に面倒を見てもらっているため不自由なく暮らしており、二つ、彼は動画投稿者どうがとうこうしゃとして幅を利かせている時の人なのだ。

 彼の動画チャンネルは一目ひとめしたら忘れられない様なサムネイルであったり話題性を武器にしており、恐ろしい物見たさや話題を共有したい常連さん達が毎日視聴しており、そこから得られる広告収入で彼は裕福な部類の生活を送っていた。先述の体重が二百キログラムだの五百ポンド有ると言うのも、彼の様子を見た国籍や単位を超えた視聴者達の流した噂であり、ゴールド氏もこれを自虐ネタとして専ら使っている。

「こんなに美味しい料理を出されたら、俺はもっと太っちまうよ!」

 そう叫びながら、美味そうに話題の出前であったりテイクアウトの料理をぺロリと平らげるのは、彼のチャンネルの一番の人気コンテンツ。何せ注文するのも恐ろしい尋常でない量の料理がみるみるうちに消えて行くのだから、話題になるし観たくもなる。


 そんなゴールド氏だがひどい肥満体である事は事実であり、彼を心配する人達は、そんなに太ったままだと天国に行けませんよ! だの、こんな肥満体では地獄に行くことになりますよ! だのと、諫言かんげんを口にした。

 しかしゴールド氏はこれをのらりくらりと受け流し、やれ体質だから仕方がないだの、やれこれ以上せたら肥満ジョークが言えなくなるだの、やれ私の撮っている作品のありとあらゆるサウンドエフェクトが『』なのは一重に私自身の体作りの賜物たまものだのと、全く真摯しんしに話を聞く積もりが無い。

 しかし、ゴールド氏に諫言する人達もゴールド氏を心配してからの発言なのだ、ゴールド氏に憎まれ口を利きたいのではなく、長生きして欲しいのだ。その返答がコレなのだから、すっかり鶏冠トサカに来てしまう、モーケッコウだとブーブー文句を言ってしまう。

「そんなに適正体重になる事をこばんでいると、早死にしますよ!」

 死ぬというのは即ち、作品を作れなくなると言う事である。ゴールド氏は太っても一クリエイター、この言葉には思う所があったらしく、重い腰を上げて自分の死について考え始めた。

 一晩油をしぼって考えた結果、ゴールド氏は遺言書を作っておいた。何せ彼は病的な肥満体なのだから、言い換えれば明日をも知れぬ身なのである。彼は遺言を遺言らしく書面で書き、自分は動画投稿者だし映像で遺言を残した方が表情もうかがい知れて良いだろうと、全く同じ内容で残しておいた。

 曰く、自分が亡くなったら火葬を希望する事。そして、その一部始終を動画に録って自分の葬式の様子をチャンネルに投稿して欲しいと。


 寒くなり始めた秋の夜の事である、ゴールド氏が亡くなった。睡眠中に急性心不全を引き起こし、けれどもその死に顔は穏やかで、まるで眠っているだけの様に見えた。ひょっとしたら、本人としては瞬間的な苦悶くもんの死だったかも知れないが、それこそ当人にしか分からない。

 葬式は彼が遺志通りに行われ、カメラが回る中スーパーサイズの棺桶に入ったゴールド氏の遺体が火にくべられた。

 その瞬間である、ゴールド氏の遺体から大量の高温油脂が煙突から噴出、火葬場とその周辺が発火した。

 もうこうなるとパニックである、煙突から燃える油が溢れ出して周囲を飲み込もうとしたのである。大袈裟おおげさな表現を用いると、まるで地獄の釜が開いたかの様な有様だ。近くの学校からは学生が何だ何だと押し寄せるし、通行人も野次馬根性を丸出しで写真を撮り始める。

 幸い、異臭に気が付いた人達が居た事、俯瞰ふかんする様にカメラを回していた撮影者が居た事から、スムーズな消防への連絡が行なわれて死傷者は出なかった。

 ゴールド氏は生きている間も死んだ後もゴールド氏だったと、彼の知人は口をそろえて呆れ返って苦笑いした。

 火葬場の煙突は、天に向かって煙を吐いていた。

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