第二百二十五夜『ファム・ファタール考察-The apple never falls…-』

2023/01/14「緑色」「笛」「輝く関係」ジャンルは「悲恋」


 皆さんはファム・ファタールと言う言葉をご存知だろうか?

 ファム・ファタールとは文字通りに受け取るならば、フランス語で運命の女性と言う意味だが、実際は魔性の女と言う意味で使われる語である。関係を持った男性を破滅させる魅力的な女性を表わし、絵画や映像の世界でもメジャーな類型である。

 しかしながらこの様なストックキャラクターが成立したのは十九世紀末だと言われており、これ以前はファム・ファタールと言う類型を表わす名称は存在しなかったと言われている。

 これは魔性の女性と言う呼称で事足りていたと考える分にはに落ちる一方、同時に酷く不可解だと言えよう。何せ、ファム・ファタールに相当する様なキャラクターは、それこそ神話の時代や紀元前から見られるのだから。

 例えばパンドラ、彼女がたずさえた箱によって人界に戦争や苦しみや病気や死や犯罪と言った概念がいねんがもたらされた。そして彼女の作者であるヘファイストスは、ゼウスの命を受けてアフロディーテをモデルに彼女を作ったと言う。パンドラは生まれながらにファム・ファタールだったと言えよう。

 様々な女神が相当すると言う話に、人間でなければ勘定に入れたくないと言う人も居るだろう、或いはキリスト教以外の宗教は無い物として扱われたのだろう? と、そう穿うがった見方の方も居るだろう。

 そこで登場するのがサロメである、洗礼者ヨハネの首を王にねだったエピソードで知られる踊り子である。彼女は絵画のモチーフとして、戯曲の主人公として大いに好まれ、映画が発明されると格好の題材となった。新約聖書を読んだ事がなくとも、銀の盆に首を乗せた踊り子の姿を見た事がある人も居るだろう。

 いや、ポピュラーなファム・ファタールの名を挙げるのに外国の神話や聖典を持ちだす必要なぞ全く無い。

 日本の昔話には、その美貌びぼうから貴族達から求婚をされるが、これに無理難題で返答し、その結果男達はペテンを暴かれて恥をかいたり、怪我や病に倒れてしまう。そう、皆さまご存知かぐや姫である。彼女が振った貴族達の熱と顛末てんまつを考えれば、彼女もまた立派なファム・ファタールだと言えよう。そしてまた、彼女が求婚を受け入れていたと仮定しても、その先に待つのは月への帰還、男性を振り回す運命の女性と呼ぶには十二分である。

 ここまで記せば、人々がファム・ファタールと言う類型に魅力みりょくを覚える事が古今東西を問わないのは言うまでもない事であろう。ファム・ファタールとは即ち一種の根本原理であり、ファム・ファタールは人類にとって根源的事象だと強弁出来るのではなかろうか?

 例えば、人間は黄色と黒の縞模様しまもように危険を覚える。これは警戒色や警告色、もしくはベイツ型擬態がたぎたいミューラー型擬態と呼ばれる特徴とくちょうで、人間のみならず動物にも当てまる。黄色と黒の縞模様は人類を含む自然に対し、警笛の様な機能を有するのだ、これが緑色ではそうはいかない。

 これに照らし合わせると、人類がファム・ファタールに魅力を覚える事は自然の摂理せつりであり、学習の結果と言う事になる。一体どの様な仕組みをもって人類がその様な特徴を得たかは分かりねるが、古今東西を問わず見られる特徴である以上、この仮説は有力な物だと強弁出来るだろう。


 東の方、ある所に仲の良い夫婦が居た。妻の方はどことなく既視感きしかんを覚える様な顔だちの女性で、夫の方もまたどことなく既視感を覚える様な顔をした男性だった。二人はヌーディストなのか、はたまた衣服と言う概念が無いのか、全裸で居る事を自然に過ごしていた。

 ある時、妻の所に一匹の蛇がやって来てリンゴの様に見える木の実を彼女に勧めた。彼女は蛇のそそのかす言葉を肯定こうていし、リンゴの様に見える木の実を手に取って食べてしまった。

 それから……

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