第二百二十四夜『勉強不足、調査不足が露呈しないための工夫-TRACK IT!-』

2023/01/13「入学式」「終末」「きれいな記憶」ジャンルは「SF」


「うーん、素人目に見てもあらが目立つ。これは参考資料としては全然ダメだな」

 パーソナルコンピューターのウェブ小説を開いていたウィンドウを閉じる。まだ足りない、読めば読むだけ自分のかてになる、そう信じて次から次へとむさぼる様に読む。

 しかし正直に言うと、私は他人の創作を読むのがひどく苦手だ。他人の創作、特に書かれた時代が理解の無かった昔の作品であったり、編集が付いていなかったりする作品を読むと、疑問や指摘の意思が先行してマトモに読めなくなる。

「なんで蛇が牛乳を飲むんだ? そもそも蛇は哺乳類ほにゅうるいですらないだろ! 別に蛇に牛乳を飲ませてもいいが、牛乳を飲む特別な蛇だとでも書かないのはなんでなんだよ!」

「くそっ、この作者は有名どころの学園作品をメインキャラクターの名前を変えただけで殆んどママ流用している! 入学式にビンテージ物の黴臭かびくさい魔女の帽子を代わる代わる被る伝統なんざクソ喰らえだ!」

「なんでキリスト教も存在していない異世界だって言うのに、聖書由来の人名が市民権を得ているんだ? 聖書が一冊流れついたとでも書いておけば、解決する問題だろうに何をサボっている! ひょっとして作者は、これらの名前が聖書由来だって事も知らないのか?」

「なんで地球が舞台じゃないと明言しているのに、サンドイッチやハンバーグやメートル法が存在するんだ? 似た名前の代物が発生した理由の一つや二つくらい考えておけ!」

「ええい、フェンリルの様な固有名詞を種の名前として出すな! ミノスが存在しない星だって言うのにミノタウロスを種として出すな! コイツは私の事をバカにしているのかっ!」

 こんな有様である、非常に生きにくい事この上ない。正論は誰も幸せにしないのである。

「私はこうはならないぞ……」

 そう意気込んで資料をき集めて読む、おかげ様で自分で思ったより文を書くのははかどらない。何せ書く事よりも調べる事、読む事に時間を割いているのだから当たり前である。アーサー王を題材にした小説を書く時には、ベトナムの国王に関する資料を読みあさり、そのせいで進捗しんちょくは牛歩のごとくだった。

 しかし資料を読んでから書くのでなければ、どうなるか? そう考えると、先述の連中の文章が頭をチラつくのである。

「一生……いや、自分が死んだ後もずーーーっと蛇に牛乳を与えた人間と語られ続けるのは絶対にいやだ……」

 もうこうなると、最早ちょっとした恐怖症だ。調べなければ書けない、書く前に調べる、手のひらサイズの端末たんまつが無ければ何も出来ない……良い癖だと言う人も居る。しかし私からしたら脅迫症きょうはくしょう以外の何でもない、家のカギをかけ忘れたかも知れない気がしてならない、アレと同じ現象だ。

「資料の本やウェブサイトを集めて読むだけはダメだ。講義や授業の放送を観たり、質問や取材をして、番組や特集を観て見聞を広めなければ……いや、テレビやコンピューターにたよりっきりではダメだ、それこそ自分の足で取材を……」

 その時、車のブレーキ鳴りが聞こえ、私の体に衝撃しょうげきが走り、視界に青空が広がり、後頭部をしたたかに打ち付け、意識が立ち消えた。


「おい和徒かずただ君、君が勧めてくれた真礼まれいビートって人の本だが、これは中々素晴らしいな! なんでこんな素晴らしい新人を見落としていたか、ボクはボクの事が信じられないぜ」

 ある集合住宅の一室、作家の男とその同居人が居た。作家の男は手に読み終えた本を持っており、同居人はテーブルに教科書や参考書を開いて一心不乱に作業をしていた。

「すみません先生、それは光栄なのですが後にしてくれませんか? 今課題が忙しくて……」

 しかし作家の男は同居人の主張等どこ吹く風と言った風情で、全く気にしない。

「いいや、後にしないね! 人間今できる事を後にしたらにぶり、びつくものだからな!」

「そうですか……じゃあ俺は聞き流すから好き勝手話していてください」

「おうとも、そうさせてもらおう! この作家だが、よくある異世界転移と見せかけて世界設定が素晴らしい! 独自の宗教観や命名法則を確固として持っていて、下手な架空戦記よりも歴史の描写も事細かだ! 架空生物も既存きぞんの幻想生物を流用する等甘えた事をしないで、独自の生態系の成立や進化論を描写している事には舌を巻くしか出来ないね! どうすればこんな素晴らしい世界設定を書けるのか、是非ともマネをしたところだ!」

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