第二百二十三夜『お化粧をしてカメラの前に-Surface-』

2023/01/12「桃色」「息」「増える幼女」ジャンルは「ギャグコメ」


 恐ろしい夢を見て目が覚めた。

 しかし、いざ目が覚めると、どんな夢を見ていたかはおぼろげにしか覚えていない。

 汗は別にかいていない、

 念のため卓上たくじょうミラーで自分の顔を見てみるが、見慣れた普段通りのが映っていて、特に顔色が普段から変わったと言う事も無い。

 しかし顔色が変わると言うのも妙な話だ、普段と文字通り顔の色が変わるなんて事、人間にはあり得るのだろうか?

 私は脳裏のうりをよぎったくだらない考えを一笑に付し、今見ていた夢をなんとか思い出そうとした。

 なにせ悪夢と言うのは、得てして見ている最中にしか怖くないものだ。

 後からはっきりと思い出した悪夢なんてものは、何故恐ろしがっていたか理解に苦しむ様な物ばかりで、そして何よりも人間が恐ろしがるのは、意味が分からない物や未知の物と相場が決まっている。

 言わば、私は悪夢を知る事で恐怖を制御しようとしているところだ。


 まずは状況を整理しよう。

 私は机で眠っていて、パーソナルコンピューターにはともったままだった。

 画面に映った情報を見るに、どうやら私はバーチャル配信者の飯塚いいづかブランの配信を観ている最中に眠りに落ちてしまった様だ。

 我ながらなんと情けなく、そしてなんて失礼な話だろうか!

 飯塚ブランと言えば今をときめくアイドル的存在! みがいた黒曜石こくようせきの様な綺麗きれいな肌の美少女で、魅力的なフリフリとした白が基調で黒い羽根の様なドレスに身を包み、魅力的みりょくてきな歌と見事な腕前の絵画とビデオゲームの配信を行なう、まさしく才能タレントの中のタレント! その配信を観ながら睡魔に負けるとは、一生の不覚だ。

 因みに飯塚ブランは歌が得意だが、その声は野太い男声そのものだ。

 彼は自分の一挙一動をカメラを通してガワたるキャラクターの動きとして配信しているが、声は特に加工せずに自前そのままなのだ。

 加えて言うと、彼は握手会等は生身で行なっているため、大半のファンはガワを使っていない彼がふくよかでやさしげな成人男性だと言う事を把握している。

 彼の人気は、彼の内側と外側両方に因るところと言ったところか。

 今まさに見逃した放送をさかのぼって視聴しているが、やっぱり飯塚ブランは魅力的だ。

 歌は上手いし、放送の内容も面白いし、何よりも飯塚ブランと言うガワの愛らしさ足るや!

 飯塚ブランの歌に合わせて彼女飯塚ブランの唇が動いている、飯塚ブランはコンピューターが描画した絵に過ぎないが、確かに息づいている!

 繰り返すが、飯塚ブランは実際のところ男性だと周知されている。

 近年ではこういった個人の放送を観たり配信する人も多く、ガワを使ったり使わなかったり、声を加工するか加工しないかも個人でバラバラ、中には小学生から活動をしているベテランも少なくないらしい。


 状況整理じょうきょうせいり熟考じゅっこう、自問自答をする事によって、私はなんとなく先程見た夢を思い出して来た。

 事の発端ほったんはこうだ。

 飯塚ブランが配信中にカメラとして使っていた端末の電力が落ちてしまい、その結果飯塚ブラン本人が動作しても飯塚ブランのガワが全く微動びどうだにしなくなってしまったのだ。

 特になんて事のない、微笑ほほえましくて大した事も無いトラブルに過ぎない。

 もしもこれでカメラの不調でガワが機能きのうしなくなってしまい、電波に彼本人の姿が映ってしまったなんて事が起こったとしても、誰も気に留めないだろう。

 何せ飯塚ブランは男声で男性で美少女のガワなのだと、そう周知されているのだから。

 このアクシデントを見た後、私は睡魔におそわれた様なのだが、恐らくこの時の私は、頭の中でガワが脱げてしまったら……と想像をふくらませていたのだろう。

『もしも街中で自分のガワが脱げてしまったら嫌だな』

 と、そう私はそう考えながら夢の世界へ沈んでしまったのだろう。

 やっぱり悪夢なんてものは、はっきりした正気の頭では恐るるに足らない。

 現実の街中でガワが外れて素顔になるなんて事は、普通に考えたらあり得ない事だ。


 私はそう結論付け、卓上ミラーを見ながら自分の顔面の包帯を兼ねた着脱式の人工皮膚じんこうひふがし、顔中に広がる真っピンクの火傷やけど軟膏なんこうって、再び人工皮膚をめた。

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