第二百十四夜『オオカミの見る夢-wolfgang-』

2023/01/2「晴れ」「悩みの種」「最高の恩返し」ジャンルは「SF」


 異世界モノ作品に関する話である、題材はフェンリルである。


 視界をズイと広げると、見るからに危険そうなおおかみおびただしく跋扈ばっこしていた。はその狼らをフェンリルと呼んで恐れていた。

 これは明らかにおかしい。そもそもフェンリルとは、個の名前であり、種の名前ではない。あれはロキの長男の名前であって、狼の総称や品種等では決してない。そもそもの話、種の話をするならば彼は狼ではなく、ヨトゥン族を母に、ヨトゥン族生まれのアスガルド神族を父に持つ生粋きっすいのヨトゥン族だ、混じり気無しで血統書付きのしもの巨人と言う他無い。

 更に言うと、あの狼の群はめすおすもある様に見えたが、これもおかしい。フェンリルとはロキの息子の名前なのだから雌の狼の名前として適しているとは言い難い。雌の狼にフェンリルと名付けるのは、男性に織姫ベガと名付けたり巫女アビゲイルと名付ける様なものだ。

 例えばには、ヘラクレスオオカブトやミノタウロスと神話由来の命名は多くあるが、これらに限っては前者はヘラクレスの様な、後者はミノスの雄牛と普遍的ふへんてき齟齬そごの無い命名と言える。

 逆に、反射させる武具と言う意味を込めてイージスと兵器に名付ける事象もあるが、これはまだ反射と言う再現をしている為理解が追いつく。しかしフェンリルは世の終わりに太陽を飲み込み、月を丸呑みし、神々の王を食い殺すバケモノだ。ただの大きい狼をフェンリルと名付けるのは、例えそれが恐ろしい形相であったとしても理解に苦しむ。せめて神々を噛み殺す様な事例が見られないならば、種として名前をフェンリルとするのは不適切と言えよう。

 更に付け加えるならば、フェンリルの弟はあのミズガルズオウムだ。を一周して尚余る全長を持つ、蛇の姿をしたバケモノだ。いや、本人の話ならばともかく、親きょうだいの話をするのは少々脱線に過ぎる、蛇足と言う物だ。

 いや、あれらは本当に全てがフェンリルなのではなかろうか? あれら一頭一頭が魔法の枷でも留めておけず、石杭と剣とで封印する事がやっとで、その状態でも世界の終わりまで尚生き続けて神々を喰い殺し尽くす、そんな獣なのではなかろうか?

 そんな考えが脳裏に浮かび、まるで眼窩がんか氷柱つららを突っ込まれたかの様な悪寒と寒気を覚えた。いや、そんなまさか! と、そう一笑に付すのは簡単だが、しかしこの仮定を考慮こうりょしようとすると、頭が思考を拒否する様だった。


「父上、大丈夫ですか? 父上!」

 息子の心配そうな声で、舟をいでいた隻眼せきがんの老人の意識は夢現ゆめうつつから覚醒した。今しがた見た恐ろしい光景のせいか、彼は気分が晴れず嫌な汗をかいていた。

「滝の様な汗をかきながらうなされていたので、大変心配しました。何か嫌な夢でも見たのですか?」

「いや、何でもない」

 隻眼の老人は今しがた見た光景を反芻はんすうしながら、息子に嘘偽うそいつわりない事実を話した。所詮しょせんは夢の中の出来事だ、いたずらに吹聴する事では無い。

 最初、隻眼の老人は優秀な血や才能を家に取り入れる事で戦争を回避しようと思った。しかし義理兄弟として招き入れた霜の家の男がもたらした災厄は恩恵を上回り、結果として彼には自分が狼に噛み殺され、全て戦火に焼け落ちるのが見えた。しかし、あの霜の男の手腕や交渉や献上品が無ければ立ち行かないし、今の彼は無い。

 次に隻眼の老人は霜の家の男を養子として招き、彼が厄介事を持ち込まない様に飼い殺そうと計画した。しかしその計画も、間接的に霜の男から生じた厄介事の数々によって全て焼け落ちたのが見えた。今回も彼は自分が狼に食い殺される光景を見る事になった。

 ならば更に次に隻眼の老人は、霜の家の男を去勢した上で家に取り込もうと画策した。しかしこの計画を見通そうと視界を未来に向けたところ、切り落とされた霜の家の男の性器が大地に落ちた後、そこから無数の狼が生まれるのが視えてしまった。もうこうなると実行犯も黒幕も関係無く、霜の家の男を去勢した自分をうらむ様に教育された狼達に彼は食い殺されるだろう。

 霜の家の男を何かしらの形で取り入れなければ、隻眼の老人達は戦争でいとも簡単に滅んでしまう。かと言って霜の家の男が生きている限り、最期には彼はその息子に食い殺されてしまう。厚遇しても、飼い殺しても、冷遇したも結果は同じだ。神々の王である彼が食い殺されたら、世界は終わり、まさしく八方塞がりと言う他無い。

「オーマイゴッド……」

 隻眼の老人は誰に言うでもなく、そうつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る