第二百十三夜『あけましておめでとう! -Reckless Discharge-』

2023/01/01「湖」「クリスマス」「最強の目的」ジャンルは「指定なし」


 大晦日おおみそかの夜、湖のほとりで大勢の人が集まっていた。参加者の手には各々黒い本物の銃が握られていた。これからカウントダウンの後、祝砲が放たれる。

 3、2、1……数多の歓声が挙がり、おびただしい数の発砲音とかぐわしい硝煙しょうえんが辺りに広がった。

 この国では、銃撃事故の九十五パーセントは年末年始に起きている。こうして祝砲として挙げられた銃弾が自由落下した結果、運悪く的中した人間の皮膚を破り、角度や当たり方によっては頭蓋骨をも貫通する。

 しかしこの地の人の人達にとって祝砲は文字通り命より大切な事だ、習慣は実利より重いのだ。実際の所、この地に面する別の地域では、空に向って発砲する事は違法であったり、発砲した銃弾が自由落下した結果人や物に当たった場合は罪に問われる。しかしこの国では祝砲は許されており、祝砲に当たっても文句は言えない。いて言うならば、祝砲に見せかけた祝砲による事故に見せかけた故意犯かどうかを見分けるため、皮肉にも司法制度や法医学や鑑識かんしきの力が発達しており、検視官の管轄かんかつや実力が高い事か。

 無論、この様な事をうれう人間が皆無ではない。この国の人達は祝砲に命を賭けているだけで、野蛮人ではないのだ。この地の習慣をこころよく思わない人間には強制しないし、亡命を行ないたいと考える人間にも寛容かんようだ。硝煙と事故が嫌で出て行く人間に対しても、移住先での健康を願う程に寛容なのだ。

 ある時この国を預かる知事が祝砲行為を取りまる法律案を飽くまでそれとなく出したところ、議会からも市井しせいからも反発の声が挙がった。その時の様はもう、事故防止の為に自由を取り締まる様な法律を例え案でも出したら革命が起きそうな勢いであった。

 この様な試みを過去に行ったのは政治家だけでない、ある時オモチャのメーカーがこの地に乗り出して大々的に広告を打ったこともある。青とオレンジのハデな見た目のオモチャの銃、出る弾丸は本物ではないが、音と硝煙と撃った手応てごたえは本物に劣るとも本物にせまるクォリティー、そして何より言うまでも無く安全。しかしこの地の人々はやっぱり本物の銃でなければ意味がないと言い、オモチャメーカーはトイガンの広告を打つのをすっかりやめてしまった。代替品だいたいひんとは、オリジナルを超える強みを受け入れさせなければ意味が無いのだ。

 ところで、この地の人々は銃を用いた犯罪に強い嫌悪感を持っている。銃は自衛や祝砲に使う物であって、脅迫きょうはくや殺人に使う物ではないのだ。だからこそ、祝砲を法律で禁止する事に強い反発をしたのだ。故に祝砲に見せかけた傷害事件や殺人事件を許すまじと、この地の法医学者や検察の士気は非常に高く、結果として技術も高まった。

 人々の愛する祝砲に使うべき銃器類を加害行為に使うなど、食べ物や包丁を殺人に使うのに等しいし、そんな事は劇や創作でもなければ許されない。

 それ程に銃器類が加害行為に使うべきではない、日常的な存在なのだ。変死体に殺意や作意が見て取れたなら、血眼になって真実を洗い出すのが彼等にとっての常識だった。


 ある人気ひとけのまばらな高台に、一人の男が居た。その手にはやはり銃器―小銃―握られており、しかしその雰囲気ふんいきはどことなく年末年始のカウントダウンのお祝いとは場違いなそれであった。

 男は年が明けると同時に、周囲の人々がする様に空に向って銃弾を放った。彼はここからこの方角、この角度に向ってを撃つ様依頼されていた。

 彼は頼まれてを撃っただけだ、周囲には少ないながらも人が居るし、もしもの事が有れば証人になってくれるだろう。加えて、この地の警察は優秀だが、必然弁護士も優秀なのだ。依頼人の示したターゲットと自分は互いに面識が無いし、自分は祝砲を撃っただけで殺意も作意も無い善意の第三者だと主張すれば通る事だろう。


 年の明けを表現する数多の歓声が挙がり、夥しい数の発砲音と香しい硝煙が辺りに広がった。

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