第二百十二夜『失踪の噂・裏-apex predator-』

2022/12/31「宇宙」「橋」「正義の脇役」ジャンルは「指定なし」


 ある所に月搭げっとう眞蛭まひると言う男が居た。

 眞蛭にはちょっとした自慢じまんの種があり、彼はアマチュア小説大賞で一次選考を突破した事がほこりであり、これを大々的にかかげげていた。

 他に誇る事は無いのだろうか? と思われるかもしれないが、彼は小説家をこころざしており、この事は彼にとってはほまれ高い勲章くんしょうだと言えた。

 ここまでならよくある話だ、しかし眞蛭には普通ではないところがあった。彼は他人の成功がねたましく思う感情が人一倍強く、自覚があるにも関わらず自分で制御が出来ない程であった。

 自分の作品の方が素晴らしいに決まっているのに他人は受賞をしている、自分の方が実力があるにも関わらず他人の方が多くの人から読まれている、他人はこんなにもカスみたいなのに評価をされている、自分の方が……自分の方が……自分の方が……自分の方が……

 今の眞蛭はもっぱら、小説サイトで自分よりスコアが上の人間に汚言の限りを感想にレビューに書き込んで回る事だ。小説サイトにその様な書き込みをしたら、形跡から自分の事が容易に辿たどられるのだが、彼には最早その様な理性は無かった。

 そして、そんな事ばかりしているので彼はまだ今月に入ってまだ一本も小説を書いていない。先月一章書いたから問題無し! とは彼の弁、因みに先月とは言うものの、今月はもう終わりなので丸二カ月何も書いていないとも言える。

 繰り返すが眞蛭は自分の性分を理解していた、しかし自分で自分をコントロール出来ないのである。目上の人から、悪口を言ったり口論をするのはよくないよ。と、そう言われる事もあったが、自分をコントロール出来ず、高まるのは専ら悪名ばかり。この様な他人に罵詈雑言ばりぞうごんを吐く人間だと事前に知られていたら、現代では作家になるのは難しい。今日こんにちもヘイト活動をしていた作家のスキャンダルで封印作品騒ぎがあったのは記憶に新しい。

 しかし眞蛭はそれを知ってか知らずか、いや、自分をコントロール出来ないのだから関係無い、とにかくあっちこっちで罵詈雑言を吐いては喧嘩を吹っ掛ける。こうなると周囲の人間には、何にでも嫉妬しっとする気持ちが異常に強くて気が短い人間だと周知され、眞蛭を揶揄からかってやろうと言う人も少なくなかった。そんなこんなで、眞蛭は自分に近寄る人間は全て敵だと認識する様になってしまった。それが良くなかった。

 実のところ、眞蛭に近づく人間の中には真っ当な助言をする人間も居た。善意から助言する人も居たが、他意があって近づく者も少なくなかった。ダメな子程育てがいがあるのである、他人に教える事で人間は成長するのである、何より自分より目に見えて劣る人間に何かを教えるのは優越感にひたれるのである。

「うぜえから話しかけるな! 実力無いお前が言っても説得力が無いんだよ!」

 嘘だ、眞蛭の言葉は半分嘘だった。彼は自分が一番だと思ってはいるが、自分が一番だとは考えてはいない。嫉妬とは自分より優れていると感じた時に起きる感情なのだ、常に嫉妬している眞蛭はこの世界でトップクラスに実力が無い人間だと言えた。事実、彼に助言をして返礼に罵倒ばとうを受けとった人もまた一種のネット小説家だったが、眞蛭よりランキングも読者数も三桁上だった。

 眞蛭はいよいよもって自分に助言をする人間全てを敵と認識、ネットや電話での関係を断つためにアクセス拒否をした。

 こいつは上から目線でうざかった、アクセス拒否! こいつは俺には興味がないにもかかわらず、続編の発表を嬉しそうにしやがった! アクセス拒否! こいつの作品は古典を踏襲とうしゅうしている、キモいからアクセス拒否! こいつは多くの人と繋がっている癖に、俺には感想の一つも寄越しやしない! アクセス拒否! こいつは俺の意見に口答えしやがった! アクセス拒否! こいつは俺に友達になろうと言って来やがった、俺を友達が居ない可哀想な人間と見下しているに違いない! アクセス拒否! こいつは自分の読者に感謝の言葉を述べている、俺に対するあてつけに違いない! アクセス拒否! グループの橋渡しだ? 俺を不快にさせる様な人種を近づかせる様なマネをするなんて危険極まりない社会悪だ! アクセス拒否! アクセス拒否! アクセス拒否! アクセス拒否! ……

「これで俺に意見する奴は居なくなったな、ハハハハハ!」

 眞蛭の願いは叶い、彼の言動を笑いものにしたりとがめる人は誰も居なくなった。もうこの宇宙の誰もが、彼の言動を見る事は出来ない。

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