第二百二夜『七つの人影-MASTERMIND-』

2022/12/18「入学式」「オアシス」「観賞用のツンデレ」ジャンルは「ミステリー」


 仄暗ほのくらい夕方の校庭に面した車道で、トラックが通り過ぎた。

 トラックが通り過ぎると、その場には人影の様な物が七つあった。人影の様な物と表現した理由なのだが、それらは人影とは言ったものの、人の影の様な物が立って居るとも言うべき様相であり、最早七人の影人間が立って居たと言う方が正しい。

 影人間達は人の頭程の大きさのボールを使い、キャッチボールをしていた。最初の影人間がボールを大きく弧を描く様に投げ、次の影人間もそれに習うかの様に大きく弧を描く様にボールを投げる。

(これが何時いつまで続くんだろう……?)

 影人間達の新入りは心の中でそう思った。影人間達は何も言わないし、教えてくれない。よく考えたら自分達には口が無いので、言葉をのどから発してコミュニケーションを取るのは不可能だ。口が無いなら何かしらテレパシーか何かでコミュニケーションが取れるものではないか? と、不平を口にしたかったが、口が無いからそれも出来ない。

 新入りの影人間に分かるのは、こうしてキャッチボールをし続けなければならない事、自分達はここをはなれる事が出来ない事、何者かが……いや、互いが互いにそのルールに基づいて監視を行っていると言う事だ。

 ならば一斉に七人一斉に逃げればいいのではなかろうか? と、そう考える方も居るだろう。しかし影人間達にはそれが出来ない、彼女彼らはマトモにコミュニケーションを取る方法すら無いのだから。逆に有るのはキャッチボールを辞めてもいけないと言う本能的な規律、そして自分は監視されていると言う実感だけだ。キャッチボールを止めたり、脱走しようとしたらどうなったものか分かったものじゃない。

 その時だった、影人間達が位置している校庭に面した車道で一人の女子小学生が突然角から飛び出し、その結果トラックにねられた。即死だった。

 トラックの運転手は子供を撥ねてしまった事に気が付くと、これをどうすべきかおろおろとし始めた。

 こちらは道路交通法をキチンと守って車両を運転していたのだ、それを無法者のガキのせいで自分の人生を楽園から追放される様な形でどん底に叩き込まれてたまるものか! ドライブレコーダーを観れば、自分が被害者であり、ガキの方が自分の社会的地位をおとしめるために突如とつじょ現れたヒットマンだと言うのは火を見るより明らかではないか! 警察や司法は俺を一方的に悪者にするだろう、法や法の番人がそんなだから自首する者は皆無でき逃げが蔓延まんえんしていると何故分からない? そうだ、轢き逃げだ! 轢き逃げとは人を轢いた事を認識しつつ、その上で逃げて初めて要件が成立する! ならば自分は何かを撥ねた事に気が付かずにそのまま走行すればいい、そうすれば自分はまな板の上の投降者ではない、ついうっかり接触事故を起こしたが気づかなかった提出義務の無い自由人のままでいられる!

 トラックの運転手は一秒の十分の一の時間でそう判断し、何事も無かったかの様にトラックを運転した。

 やがてトラックが通過し終わると、そこには横たわった少女の死体と、少女と同じ程の背丈の影人間が立って居た。

 少女の影人間と影人間達は目の無い顔で見つめ合い、何か通じ合う物があったのだろうか? 彼女は影人間達の輪に加わった。

 少女の影人間が加わると、最も古参の影人間の姿が消えた。影がスーッと薄くなって、そのまま消えた。

(ああ、そう言う事か……)

 新入りだった影人間はこの七人のルールを理解した。

(ここで誰か生きている人間が死ねば、代わりに誰かが消えるのか……)

 そう考えながら、新入りだった影人間は少女の影人間にボールを大きく弧を描く形で投げ渡した。影人間の少女はボールをキャッチすると、おおむねのルールを理解した様で、自分もキャッチボールをし始めた。

 何故かは知らないが、自分達はキャッチボールを止めてはいけない。仮にキャッチボールを止めたり、ボールを地面におっことしたりしたらどうなるかは分からない。自分達はキャッチボールを続けるしかない。

「よう、何をやっているんだ?」

 影人間達の輪に、痩躯な様で筋肉質な青年がやぶから棒に入って来た。

「よっと」

 青年はそう言うと、影人間達のボールをキャッチした。影人間達は表情の無い頭部でざわざわと困惑を示した。ある者は絶句した様な様子で、ある者は懇願こんがんする様な様子で、ある者は攻める様な様子で青年の方を見た。

「どれどれ、普通に肌色のボールにしか見えないな?」

 しかし青年には馬耳東風はじとうふう、影人間達の事は気にしないし、影人間達が使ボールにしか関心が無い様子。今はマジマジとボールを回して隅々まで調べている。

「んー、このボールじゃねえのかな? でもお前らはこのボールが大切なんだよな? どれどれ」

 青年はそう言うと、今度は指先でクルクルとボールハンドリングをやり始めた。するとどうした事か、急に影人間達の動作に異変が見られた。これまでその場に足を影縫かげぬいされた様に動けなかった影達が、今では青年に詰め寄ってボールを返してほしそうにジェスチャーをしているではないか!

「なるほどなるほど分かりましたよっと!」

 ブスリ、青年はそう言うと親指をボールに突き刺した。

「ぐぎゃああああああああああああ!」

 この世のものとは思えぬ叫び声が響いた。青年の手の内にあったのは人の頭程の大きさのボールではない! この世のものとは思えない様相をした人間の様な、生きている頭部だったのだ。

「おや、気のせいかな? 手の内からバケモノが叫ぶ声がする、でも俺の手の内にあるのはバケモノが擬態ぎたいしたボールだけだし、不思議な事もあるものだ……えい!」

「ぐわあああああああああああ!」

 青年はそう言うと、頭部だけのバケモノの眉間みけんに拳を落とし、リフティングを始めようと頭だけのバケモノを足元に落とした。頭部だけのバケモノは上手くねずに、校庭にられて落ちた。

「うわ、ダメだな。やっぱりサッカーボールみたいには上手く行かないものだな」

「クソが! り殺してやる! お前もこの七人の中に取り込んでやる!」

「えい」

「ぐわああああああああああああああ!」

 青年は蹴り落したボール状のバケモノの土埃つちぼこりを払うと、ついでに拳を鼻尖びせんに落とした。

「それで、お前がここに居るからここらへんで交通事故がポツポツ起こっている……いや、お前が交通事故が起きる様に監視している。そういう事でいいのか?」

「……」

 あちこちを殴られ、蹴られ、青痣あおあざだらけになったボール状のバケモノは青年に恐怖したのか、或いは青年が気に食わなかったのか貝の様に押し黙った。

「ふん!」

 青年はボール状のバケモノを地面に落とし、空中で踵を落として踏み抜いた。ボール状のバケモノは破裂する様に地面でぜた。最早影人間達を監視する目も、影人間達を無為に縛り付ける肉体も存在しない。

「ふう……」

 青年が振り向くと、先程までボールを返してほしそうにまごまごしていた影人間達は居なくなっていた。恐らく新しい影人間が入って来た時同様、全員立ち消えたのだろう。

「全く……アレが昔から居る人外なのか、自動車事故の被害者なのかは知らないが、よくあるバケモノより人間の方が怖いと言うのは本当だな……」

 青年は自動車事故現場を見ながら、そうつぶやいた。

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