第百八十六夜『子育てゲーム-chiken and egg situation-』

2022/11/29「桜色」「氷山」「残念な子ども時代」ジャンルは「悲恋」


 ピリピリと電子音が部屋に響く。俺の子供が遊んでいる育成ゲームが鳴っているのだ。

 このゲームはプレイヤーが小さな怪獣かいじゅうの様なキャラクターの親となり、食事を与えたりあやしたり排泄はいせいの世話をすると言う物で、一種の根強いキャラクターコンテンツと言える。

 今、俺の子供は正統派のキャラクターは育て終わったので、図鑑をコンプリートする為、なんでもわざとネグレクト気味に育成しないと出現しないキャラクターに育てあげようとしているらしい。

 つまり、ゲームの中でキャラクターは飢餓感きがかんさいなまれて、排泄物まみれで助けを求めているのだろう。しかし、そうしないと出現しない形態なのだから仕方が無い。我が子の趣味が良いとは言い難いが、ゲーム会社の方も中々良い性格をしておられると言わざるを得ない。なにせ全部調べた訳では無いのだが、これは氷山の一角に過ぎないのだろうから。

 何でも子供のために攻略情報をネットで調べてあげたところ、食事らしい食事を与えず、排泄の世話を全くせず、与えていいのはあめ程度、しかし餓死させたり病死させてはいけないらしく、なおかつなつかれてもいけないらしい。もうこうなると、最早ゲームの趣旨しゅしが分からない。

「あーあ、放置してたら死んじゃった……あっ、お墓立ってる!」

 育成物ゲームにあるまじき台詞を吐きつつゲラゲラと笑う我が子を見ながら、このゲームは子供の情操教育じょうそうきょういくに悪いのではないか? 俺が子供の頃は、育成物ゲームはもっと一喜一憂いっきいちゆうと言うべきか、もっとキャラクターに感情移入してキャラクターが死んでしまったら悲しんだりしていた気がする。

「育て方を間違えたかも知れないな……」

 そう言って俺は、被っていたヘルメットを外して電源を切った。


 俺に子供は居ない。更に言うと妻も居ないし、彼女も居なければ結婚の予定も無い。どこかに運命の女性が落ちていないかなー? と、そう思案して毎日を生きている。

 勿論運命の女性が道端に落ちているなんてのは、宝くじに当選する様な物な訳で、こうして俺はヴァーチャルリアリティゲームに興じて無聊ぶりょうなぐさめとしていたのだ。

 無論、ヴァーチャルリアリティの子育てが現実の子育てに近いなんて考えは微塵みじんも持っていないが、俺のいい加減なゲームプレイの結果は背筋が冷たくなるような物を感じた。たかがゲームでこんな事を言うのもおかしいが、俺の様ないい加減な人間は子供をもうけるのは辞めた方が良いのかも知れない。

 あまり遅くまでゲームをして脳に刺激を与えるのはよくない。明日も仕事があるのだから、今日はそろそろ寝る事にする。

 結局、俺は目を閉じると架空の子供を下げたコウノトリが頭の周囲を周っているかの様な感覚におちいり、睡眠をとった気になれなかった。


 信じられない事が起こった! 我が世の春が来たと言う奴だ! 通勤の途中で、財布の忘れ物を見つけたのだ。いや、財布とか忘れ物とはどうでもいい。財布を交番に届けようと言う所で妙齢の女性が交番を尋ねており、財布を落として困っていると言うのだ。女性の話す内容と財布の様子や状況は合致がっちしており、これを返すととても感謝された。しかしそれだけではない! 番号の交換を提案された上、後日出会って食事でもしないかとさそわれたのだ!

 正直に言うと、俺はデートをした事が無かった。俺が会話をした事がある女性と言えば、俺の事を男性として見ていない友人だったり知り合いの女性だけで、つまりはそう言う事だ。

 最早天にも昇る気分、ルンルンご機嫌ピンク色の気分で小躍こおどりして歌でも歌いたい気分だ!

 しかし浮かれてばかりもいられない。人生は上手く行っている時こそ、気を付けなければ全てが水の泡と消えてしまう。

 俺はこの絶好の好機を逃さぬよう、万全を期さねばならない。


 俺と彼女の交際はトントン拍子に進んだ。俺の初デートは成功し、彼女もデートを楽しんでいる様子だった。俺と彼女はその後快く連絡を毎日とる様になり、休みの日のデートが毎週の楽しみとなった。

 俺は俺らしく張りの有る毎日を過ごすようになり、同僚どうりょう上司じょうしからも良い事があったのかと尋ねられるようになった。

 それだけではない、彼女は甲斐甲斐かいがいしさのかたまりと言うべきか、俺に度々お弁当だったりプレゼントをデートの度に持って来て、しかもそれだけでなく逢う度に外見が可愛くなっている気すらした。幸せ過ぎて怖いとはこの事か。

 しかしある日を境に彼女からの反応がかんばしくなくなった。

 勿論俺は彼女がお弁当を持ってくるのが当たり前と思う様な態度を取るなど、ボロだの油断はしていない。むしろ俺は彼女の存在に感謝感激雨霰かんしゃかんげきあめあられであり、彼女の好意は全て感謝の念をあらわにして表現している。

 何せ男と言うのはそうプログラムされている様な物なのだ、特に俺の様な男はそうだ。

 ならば俺は彼女の不興を買ったと言うよりは、飽きられてしまったとか、彼女が恋から冷めてしまったと考えるのが妥当だとうだろうか?

 いやいやいや、そんな事があってはならない! 俺の人生は彼女のためにあると言っても過言では無い! 俺は彼女と出会うために存在しているのだ! そもそも俺は彼女に攻略され……


 * * * 


  私は被っていたヘルメットを外して電源を切った。

 私に子供は居ない。更に言うと夫も居ないし、彼氏も居なければ結婚の予定も無い。どこかに白馬の王子様が落ちていないかなー? と、そう思案して毎日を生きている。

 勿論白馬の王子様が道端に落ちているなんてのは、宝くじに当選する様な物な訳で、こうして私はヴァーチャルリアリティの乙女ゲームに興じて無聊ぶりょうなぐさめとしていたのだ。

 ゲームは良い。私の場合は乙女ゲームが趣味の最たるもので、ヴァーチャルリアリティによる没入感の助長は私に多大な幸福感をもたらしてくれる。

 しかし、ゲームに熱中している間はいいのだが、急にそのゲームに飽きてしまうと訪れる寂寥感せきりょうかんは何とも言えず酷く空しい物だ。

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