第百八十五夜『何も考えつかない日の頭の中-Magic and Gathering-』

2022/11/28「前世」「化石」「過酷な遊び」ジャンルは「学園モノ」


 生まれて初めてパチンコをしたが、ビギナーズラックと言う奴だろうか? バカ勝ちしてしまった。一握と言ってもいい程度の玉が、ドル箱いっぱいに化けたと言う事実に身震いすらしている。

 これが本筋のギャンブラーならば、これを元手に手堅く勝ちを重ねて錬金術れんきんじゅつごとく増やすところだろう。しかし私は元の十倍はあるであろう戦果に恐ろしくなってしまい、これで満足してしまってパチンコ玉を景品に替えようとレジへ向かう。

「凄まじい勝ち方ですね、いやはやうらやまましい限り」

 背後からそう声をかけて来るものが居た。見ると、頭部が山羊の紳士しんしがそこに立って居た。しかし私は何故だか驚く事が出来ず、まるで久しぶりに会った旧友と話すような口調で言葉を交わした。

「いえ、こんなものビギナーズラックですよ。えっと、失礼を承知でお尋ねしますが、以前何処どこかでお会いしましたっけ?」

 私は初めて会った気がしない山羊頭の紳士にそう質問すると、彼は微笑ほほえんでこう返事した。

「いいえ、初対面です。失礼しました、わたくしはパチンコの悪魔と言う者です」


 パソコンに打ち込んだ文章を保存せずに閉じる。

「ダメだな、全然面白くないし、臨場感も無い。登場人物が活きていないし、これを書いた奴はパチンコが好きと言う感覚も伝わってこないし、嫌悪感もまるで感じない。作者がパチンコに無関心で、テレビで見ただけの知識で書いていると言う事が見て取れる。何より酷いのは、パチンコを書いたのではなく、書いただけに過ぎないのが文章から透けて視える!」

 まるでダメだ、私は私の書いた文章にダメ出しの独り言を言いつつ、頭をいた。まるでネタが出て来ない。

「仮にこのネタを突き通すなら、自分の手でパチンコをする以外に手は無いな」

 私はパチンコをした事が無い。パチンコの実体験が無ければ、パチンコの疑似体験も無いのだからどうしようもない。パチンコが題材のマンガを少しだけ読んだ事はあるが、どの道自分でパチンコをやった事は無い。そして何よりの問題として、私はパチンコに全く興味が無いのだ!

「死ぬ程興味が湧かねえなあ……」

「まあまあ、そうおっしゃらずに、勉強代とでも思って千円だけでも遊ばれてみてはいかがですか? もしも当たれば儲けもの、コーヒーやスナック菓子やカップ麺と交換して豪遊ごうゆうしましょう!」

 なんか気が付くと、となりの椅子に私の考えたパチンコの悪魔が座っていた。さすがは私の考えたパチンコの悪魔、想像力が著しく欠如けつじょしていてパチンコが何だか分かっていない。あと誘惑のトークスキルも致命的ちめいてきと言うか、絶滅していると言わざるを得ない辺り、私の考えたパチンコの悪魔と言わざるを得ない。

 私は急に湧いて出て来たパチンコの悪魔を無視してネタ出しをするが、どうもこれが上手くいかない。パチンコの悪魔が鬱陶うっとうしいのではない、むしろあいつは無力だ。

 そもそもの話、何故私がこの様な話を書いているかと言うと、私は今日デジタルカードゲームの闘技場でバカ勝ちをしたのだ。三回負けるまでに他の参加者と商品のかかった対局をし続けたその結果、十勝三敗、百分率にして七十パーセントオーバーの大勝で、日本円にして二百円の掛け金は三倍のゲーム内通貨になった。ゲーム内通貨を買わずとも、ゲームで遊ぶだけで掛け金が三倍になるのだ、これが愉快ゆかいでない訳がない。

「それはいい! では早速パチンコをしに参りましょう。あなたの様な運も実力も有る強者ならば、きっと勝てますよ!」

 私は他人の話を聞かないパチンコの悪魔の顔面にエルボーバットを喰らわせ、ネタ出しを続行する。

 私がパチンコを題材にした理由なのだが、賭け事のゲームで現金を得ると言うシーンを書こうと思った事がウェイトを占めている。ついでに言うと、カードゲームと言う題材が小説に不向きであったり、大衆的とは言いがたい都合もある、デジタルカードゲームは金品をやりとりするギャンブルとして市民権を得ているとは全く言い難い。だが、繰り返すが私はパチンコに全くと言っていい程興味が無いので、この計画はお釈迦しゃかと言う訳だ。

 なので仕方が無しに、カードゲームを題材にする。カードゲームが題材の小説など、私に書けるか不安だが、物は試しと言う奴だ。

 まずはどうしようか、カードゲームで賭け事をして金をもうける小説でないといけない。

 そうだな、自分を国王としょうする金持ちが主催しゅさいするカードゲーム大会で勝ち星を奪い合うシナリオなどどうであろうか? ダメだ、そんなアニメを昔観た記憶がある!

 ならば、パチンコの話にれかけた事をバネに、商品として下手な外国車よりも高額な九枚の伝説的なカードが授与される大会を、酔狂な金持ちな事業者が開く話ならばどうだ? いや、これもダメだ、古典的に過ぎる!

 ではこうしよう。賞金を目的に国際的な競技大会に参加する主人公なのだが、実はこれはカードゲームの大会など大嘘! 参加者に配られたカードゲームをプレイする用の端末は異世界への転移装置だったのだ! ……そんな突飛な上にどこかで聞いた事ある話を、説得力をともなったうえで私に書ける訳が無い!

 落ち着け、要点がカードゲームでさえあればいいのだ。前世から因縁がある伝説的な二人が現代に生まれ変わって、カードゲームで決着を着けるとかそういう物でいいんだ……ダメだ、最早書き尽くされて陳腐ちんぷですらある!

 では更に掘り進めるのはどうだろうか? 主人公はかつてほろんだ恐竜と魂が結びついており、恐竜の化石を見た事を切っ掛けに前世の記憶に覚醒、カードゲームと恐竜の力でレート上位者を目指すのだ! ……意味が分からない! ボツ!

 逆に考えるんだ、カードゲームにこだわっているから思考の行き止まりに行きまるんだ。主人公を帯刀なり拳銃を所持している事にして、カードゲームの勝敗に賭けるのはその武器とすればいい、丸腰だと露見すれば生きては帰れぬ荒廃した社会で命懸いのちがけの決闘をすると言う内容だ。ダメだ、これも昔マンガで読んだ内容だった!

 いや、だが発想は悪くない筈だ。カードゲームの試合で不利になるや否や、悪玉がカードを投げ捨てて素手で殴って来て、そこから徒手挌闘の戦闘を繰り広げるならばどうだろうか?

「もう似た様なアニメがすでに複数本ありますねー」

 空気が読めないパチンコの悪魔の脳天にアックスキックを叩き込む。よし、動かなくなった。

 こんな事をしている場合ではない! とっととネタ出しをしなくては! ええとええと、そうだ! 戦車に乗りながらカードゲームをするのはどうだろうか? いやダメだ、そんな物は二番煎にばんせんじだと言われてしまう! ならば巨大ロボットに乗りながらカードゲームでどうだ? いや、これも昔ゲームでやった事がある! くそう、カードゲーム業界は何をやっていて、何をやっていないんだ!?

 落ち着け、カードゲームにこだわるから悪いと考えた結果、出てきた発想は悪くはなかった。発想を発生点に巻き戻すんだ……そう、トランプのキング、即ちシャルルマーニュ、カエサル、アレキサンダー大王、そしてダビデ王! 今から三千年前に王座を賭けたカード勝負があり、それで古代の王は王位を継いだのだ! くそっ、これも昔のマンガで読んだ内容だ!

 もういっそ、カードゲームなど最初から無かったらどれだけ楽だったか! そうだ、全てのカードをまっさら白紙にすべく暗躍する巨悪が社会の裏でうごめき、善玉一行はそれを討つために人知れずカードゲームで戦う! これだ!

「それも既にアニメになってますよ」

 私の頭の中で何かが切れた。

 私はパチンコの悪魔の顔面に拳を叩き込み、叩き込み、叩き込んだ。鼻尖びせんは折れ、鼻翼びよくは平たくなり、パチンコの悪魔はカブトムシかカブトガニのそれの様な青い血液を出してゆかに倒れた。最早二度と立ち上る事は無いだろう。

「私には……もう何も残されていない……新しい閃きも……古典の再発見も……金字塔の再建も……アイディアなど……どこにもありはしない……ならば……この私が全てのカードゲームを過去にし、消し、私が偽りの最先端であり続けよう、永遠に!」

 私はデジタルカードゲームが入った端末を手に取り、計画を始めた。私がカードゲームを陳腐化させ、人々の関心をカードゲームから絶無にする。そうすれば私が書くカードゲームの小説全てはキラキラとまばゆく輝く最先端の金字塔になるのだ! そのためには、まず私が最強のカードデッキはこれ一つしか無いと言うマスターピースで競技を蹂躙じゅうりんし、そのデッキを公開し、これが成長の行き詰まりだ! と声高に大音声だいおんじょう喧伝けんでんしなくてはならない。万人が同じデッキで対戦し、誰もが同じ打ち方になれば、自然とカードゲームは陳腐化する筈だ。

 元より私は、試合をすれば国内代表決定戦に招かれ、デッキを組めば公式からそれを公表される程度の実力が事実あるのだ。実行に移すだけの価値はある。


 こうしてカードゲームをつぶすために暗躍をし始めた男と、その男の存在を知って近づいた学生カードゲームグループが激戦を繰り広げ、その末にカードゲームの未来を賭けた一局に発展するのだが、それはまた別のお話。

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