第百七十七夜『黒き神の到来-curry and rice-』

2022/11/19「陰」「残骸」「いてつくかけら」ジャンルは「指定なし」


 天の国に黒い神が居た。その神は破壊の神の眷族けんぞくで、その中でも多くの悪魔や悪神を滅ぼす為に黒い大神と呼ばれてしたわれておそれられた。

 西に悪人が居ればこれを喰い殺し、東に助けを求める人が居れば手を差し伸べ、過去に悪魔が悪だくみをすれば時間をさかのぼって焼き殺しに向かい、未来に善人が居ると知ればその先祖にあたる人をかばい続けた。

 彼は文字通り八面六腑の大活躍を行ない、一柱ひとはしらに出来る限り多くの事をした。彼がここまで働いたのは理由がいくつかあり、最たる理由は彼の周囲の神々の中には戦いをもって善を成す神ばかりではなかった事か。

「俺の周囲には戦いの道を選んだ神ばかりではなく、俺ほど戦える神はそうそう居ない。ならば、俺が他の神々の分も悪魔や悪神を殺し尽くしてやろう」

 黒い神はその通りにした。彼は四本の腕で槍を振り回し、常に獲物を焼き殺した灰を全身に被り、殺した強敵の冷たくなった残骸で調度品や装身具を作って用いた。なにせ彼は神であり時間に逆らって活動していたのだ、文字通り何時でも破壊の神の眷族として働いていたのである。

 しかし、ある時限界が訪れた。浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ。である。黒い神が過去で未来で悪を焼き殺す度に別の悪が生じ、遂には黒い神も力尽きてしまった。最早悪斬を成す破壊の神としては振舞えない。

 そこで彼は戦いの神を引退し、料理の道へと走った。元より炎と刃物の扱いは得意中の得意で多椀を器用に振り回していたのだ、料理と食堂の神と名乗りを改めた黒い神は大いに人々から信仰を集めた。


 これを面白くなく思ったのは同僚の戦の神である。天神の家来で、悪鬼の軍勢を相手取る戦の神は、黒い神が破壊の神を引退する前の態度や理念を理解しており、今や厨房の神となった黒い神を内心見下していた。

 今となっては、戦の神は神々の中で最も勇猛ゆうもうな神の一柱に間違いなく、悪鬼との戦に進んで身を投じて行った。

 それが良くなかった。新しい悪鬼の王はどんな神仏にも負けないと言う星の元に生まれており、戦の神は当然負けた。絶体絶命と思われた時、悪鬼の王を倒したのは人間の王子であった。守るべき人間に守られ、戦の神は自信を失った。彼は今では戦の神では無く、防衛線の神として知られている。


 すっかり牙を抜かれた二柱ふたはしら、ある時音楽の女神と知り合って意気投合をした。

「あなた達はずーーーっと働き詰めで疲れ果ててしまったのよ、あなた達の事を知らない世界の果てにでも行って休暇きゅうかをとったらいいじゃない?」

 二柱の神は自信を喪失しており、自分を見失いかけていた。そう言った時はネガティブな事ばかり考えてしまうもので、他者からのアドバイスは魅力的に聞こえるものである。こうして三柱みはしらの神々は、世界の果てへと船に乗ってバケーションに向かう事となった。


 三柱の神々は世界の果てを目指して東へ向った。その途中でヒッチハイクをする三人のおきなが居た。長寿の仙人と、酒の神と、救世ぐぜの僧侶だ。

 六名は大なり小なり似た様な心持と境遇であり、すっかり意気投合して東へ船旅を続けた。


 そんなこんなで長い船旅の末に、六名は世界の果てに辿り着いたのだが、そこに居たのは釣りの神だった。何でも、国生みの神である両親から捨てられ、海を彷徨さまよううちに漁業の神として定義されたらしい。

 互いに身の上話をするうちに七名は打ち解け合い、世界の果てで自分達の出会いを記念して記念日として飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをする事にした。何せ厨房の神、歌の女神、酒の神、漁業の神が居るのだから宴会騒ぎは容易かつ盛大で、長寿の神が居るのだから飲み過ぎて悪酔いする事も無いし、防衛線の神が居るのだから意識不明になったとしても誰かに襲われる心配も無い。

 こうして結成された七名のユニットを七福神と言い、彼らが力を存分に振るう日が正月と呼ばれるようになったそうな……


 二人の青年がインドカレーの店で雑談をしていた。雑談の内容は七福神に関するもので、専らインド神話にウェイトを置いた物だった。

「ふーん、それが七福神の由来なん?」

「うん。いや、半分くらいは俺の作り話。でも半分は元々の神話だから、大体合ってるって奴だな」

 インドカレーの店の壁にはご神体代わりか、七福神のかざりが置いてあった。

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