第百七十八夜『鬼が笑う様な話-Cassandra-』

2022/11/20「秋」「橋の下」「最弱の脇役」ジャンルは「サイコミステリー」


「視えました。あなたは近い未来、組織間の抗争の果てに命を失います」

 目の前でイブニングドレス風の衣装に身を包んだ占い師が、カードの束を手でいじりながら悪戯っぽく僕に向って言う。

「はい? 組織間の抗争ってヤクザか何かですか? 僕は悪い事が出来る様な人間じゃありませんし、これまでずっと控えめに生きて来て、そんな抗争に巻き込まれて死ぬだなんてありえません」

 僕はありのままに思った事を言った。よく当たる占い師が居るから、変わらない日々が憂鬱だと漏らすお前こそ見てもらえばいい。と、友人に言われて来たのだが、まさかこんな事を宣告されるとは思わなかった。

「いいえ、それは違います。あなたは組織の一員として果敢に戦い、そして徒花あだばなの様に命を落とすと出ているわ」

 尚悪かった。どうやらこのよく当たる占い師は、僕がヤクザか何かの一員になって抗争に参加して死ぬと言っているらしい。紹介してくれた友人や占い師には悪いが、猿も木から落ちると言う奴だろう。

「それは本当ですか? にわかには信じられませんが……」

「ええ、そう言う運命と出ているわ。少なくとも季節が完全に一巡するまでに……ひょっとしたらこよみが秋の内かも知れないわ」

 これは増々信じられない。今から極道にスピード加入して、その日の内に抗争に参加してち死にでもしなければ、その予言は成就じょうじゅしないではないか。それも組織の一員として果敢に戦う? 知りもしない組の為に? 全然信じられない。

「しかし僕は平凡な人間ですよ? 特に珍しい職種でもなく、すごい才能を持っているとも思えません。こうして見てもらっているのも、人生が平凡で真っ直ぐレールが唯々ただただ続いているだけの様に思えるから参ったところでして……」

「あら、それは喜ばしい事ではありませんか! この先、あなたの人生は波乱万丈の連続と見えるのですから!」

 占い師の女性は悪びれもせず、楽しそうに快活に笑う。厭味いやみを言っていると言うよりは、本気で祝福していると言った様子だ。

「はあ……波乱万丈の連続とは言いますが、組織の抗争で討ち死にする以外には僕にはどんな未来が待っているのですか?」

「ええそうですね……大勢の人から注目されて、良く覚えられると出ているわ。それから、あなた達の声が政権を終わらせる一石になると出ています、ガヤガヤと声を上げて暴君を失脚させる姿が視えるわ。それからみんなで美味しい物を幸せそうに食べたり、誰よりも新しい品物を手に取って周囲から羨望せんぼうされる様です」

 結構な話だ。先の抗争で命を落とすと言う占いさえ無ければ!

「でも僕は抗争に参加して命を落とすのですよね?」

「ええ、そう運命が視えます」

 滅茶苦茶な話だ、それじゃあ僕は皆の人気者になったりするが近いうちに命を落とすと決まっているとでも言うのか! 医者が患者に宣告を下すのはドラマでよく見るが、自分が占いの館で同じ目にうとは思いもしなかった! こんな下らない占いは信じるに値しない!

「ありがとうございました。それでは失礼します」

 いくら滅茶苦茶で不快な占い結果と言え、料金を払わなかったり礼儀に反した物言いをする訳にはいかない。僕は占い師に規定の料金を払い、店を後にする。僕が席を立ったところ、占い師は追い打ち気味に別れの挨拶あいさつをした。

「ええ、さようなら。奥様によろしくお伝えください」

 僕は独身だし未婚だ、さすがはヘボ占い師と言ったところか。


「猫の手も借りたい事態なんだ、頼む!」

 僕が占い師の所で見てもらった数日後に、それは訪れた。僕の所に友人が押しかけ、言葉こそ深刻だが気軽そうな様相で頼み込んで来た。

「丁度お前みたいな中肉中背で、カメラ写りがそこそこ良くて、整っているけど主人公を食わない程度の顔だと助かるんだよ。難しい仕事じゃない、エキストラの一員で、悪党を糾弾きゅうだんする怒れる民衆そのいちで台詞も簡単な物だ。俺の顔を立てると思って頼むよ!」

 僕は友人の頼みとあっては断れず、仕事を受けた。何より、僕の様な平凡な人間にとって、これはテレビに映る一生に一度のチャンスかも知れない。そう思うと、飛びつかずにはいられない気分だった。


 撮影は上々と言ったところだった。まだ出来上がったドラマをテレビで観てはいないが、我ながら良い演技だったと思う。もっとも、友人の言う様に何も難しい事は無かったのだから、誇るのは筋違いかも知れないが。

 こういう風な事は度々あった。ある時は飲料会社のコマーシャルで新製品を飲んで爽やかに笑うその他大勢の役、またある時は橋の下で暮らす貧民層にして事件の目撃者のご近所さん、またある時は飲食店のコマーシャルで家族単位で飲食店を訪れた大衆の内の一人役、またある時は仮面を被って悪の組織の一員としてヒーローに蹴散けちらされる役……エキストラの枠を出る事は無かったが、要求される演技や役柄は段々とスケールが上がって行った。

「すっかり演技派だな! もういっぱいの役者と言ってもいいんじゃないのか?」

「やめてくれって、僕なんかが出張ったら本職の役者さんがたに失礼だ」

「そうは言うが、プロデューサーはもうノリノリみたいだぞ? ところで次は何の役をやるんだ?」

「ああ、探偵物のドラマだよ。宝石を守る警備員、兼宝石を盗み出した怪盗の変装と言う事になってる。もぬけの殻になった展示スペースを驚いて懐中電灯で照らすだけの役だけど、僕の顔はコンピューターグラフィックで怪盗役の役者が被るらしい」

 僕は付箋ふせんを貼ったままの台本をペシペシと手で叩きながら言った。簡単な役でこそあるが、自分の役は十全にまっとうする。これでもプロの端くれだ。

「なるほど、つまり顔役って訳だ!」

「上手い事言うなっての!」

 僕の人生はこれからどうなるかは分からない。しかし、まあしばらくはテレビでその他大勢役として大衆の目に映る事だろう。思いの外、人生と言うのはドラマに満ちあふれているらしい。

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